ウェブマガジン カムイミンタラ

1985年09月号/第10号  [ずいそう]    

釧路湿原での再会
澤 四郎 (さわ しろう ・ 釧路市立博物館長)

今年の釧路は、例年になく晴れ間が多い。素晴らしい夏である。7月下旬の昼下がり、久しぶりで鶴居村温根内のミズゴケ湿原に行った。名物の霧ははるか沖合いに押しとどめられ、肌にほんのちょっと暑さを感じる心地いい風の日である。

2メートルを超す巨大なイトウが住むと伝えられる赤沼が遠くにきらきらとさざ波をたたえ、過去の調査で何度か足を踏みいれたことのある泥炭の細道が頼りなげに続いていた。

旧道々の土手を下り、ヤチヤナギやヌマガヤの広がりを過ぎるとすぐ、ハナゴケ、スギゴケなども混じるミズゴケのハンモックの通りである。周りはイソツツジ、ガンコウラン、コケモモ類、ヒメシャクナゲ、ホロムイツツジなどで埋めつくされている。ブルトとシュレンケのくり返す向こうに、ヤラメスゲ、ヨシ、ミツガシワ、ミズドクサなどで縁どられ、ムジナスゲ、ヌマガヤ、イボミズゴケなどの中間湿原の植物で囲まれた赤沼が、多少のもどかしさをともないながら見えてくる。

途中、やせ細ったシラカンバのほどよいてっぺんでノビタキが警戒した姿を見せ、やや離れた独り者のヨシの茎では、シマアオジが斜めに体を揺すられていた。ひときわ大型なイイジマルリボシヤンマが行きつ戻りつ低空をはうように飛んでいる。突然、可憐な明るさに密会する。ほんのりと色香を漂わせるサワランがじっと立ちつくしているのに出会う。離れがたいいとおしさに襲われ、息を整え、かがみ込む。心なしか互いに恥じらいを感じたような気がした。

20数年前、生まれて初めて経験した釧路の夏の1日、和琴半島のミンミンゼミを訪ねた帰り道、ここを通った。いつ舗装されるとも知れない道路は、先を行く車の土ぼこりでいっぱいであった。一瞬、視界が開け、小休止した。すぐそばのミズゴケの上に彼女がいた。当時は若かったせいもあり、それほどの色気を感じなかったが、印象は鮮やかだった。再会した彼女は、環境の変化のためか少しやつれたように見えたが、あの時よりはずっと成長はしているようにも思えた。

やはり、このつつましい釧路湿原の自然は、何としても守らねばならないとひそかに決意した。

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