ウェブマガジン カムイミンタラ

1985年09月号/第10号  [ずいそう]    

おばさんの時代
戸田 祐子 (とだ さちこ ・ 麦工房主宰)

札幌から車で2時間、道内で2番目に人口の少ない赤井川村に、数年前から空き家を借り、週末や夏休みを過ごしている。国道から川に沿って2キロ入った9戸の集落で、ただ1軒の店屋を父親とやっているのが、60歳近いおみつさんである。すっかり親しくなり、春一番の緑、ヤチブキのおひたしに始まり、ウド、フキ、ワラビ、シオデ、笹の子、ゼンマイ、秋は落葉キノコやマイタケ、と貴重な山の幸のおすそわけをいただくのに、こちらがお返しに持っていけるのは、街でお金を出して買ったもの。なんとなくみじめになる。

このおみつさんの言葉には、都会で根無し草のような仕事をしているわれら夫婦、しばしば打ちのめされる。

例えば3年前。この村に野ネズミが異常発生。ムロに貯蔵しておいたジャガイモやカボチャはみな食われた。ところが、以前に来た客が手みやげに持ってきて、手つかずのまま置いてあったインスタントラーメンは無事であった。

「この辺のネズミは、インスタントラーメンなんて知らないのね」軽率なことを言った私に、おみつさんはすかさず答えた。「ネズ公だって味ってものを知ってるべさ。あんなまずいもの、食べるわけないよ」

またある時。たまたま来ていた親戚の男性にわが家の夫を紹介していわく、「札幌で本コ、つくっているんだ」かの男性、「ほだば、物知りでないか」と常識的な反応。だがおみつさんは容赦ない。「なーに、いっぱい本コ、つくっているんだもの、中身まではおぼえちゃいらんないよ」。正解です、おみつさん。

2年前、中標津空港の飛行機事故のとき、初めて飛行機に乗ったという酪農家のおばさんの談話が新聞にのっていた。「飛行機が着陸するときは、いつもこんなものかと思った」

かすり傷を負ったおばさんは、「牛が待っているから」と治療を断ってスタスタ帰っていったという。テレビは「おばさんの時代」とか。しかし、世の中、いつの時代も、普通のおばさんは偉大なのである。

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