この数年、水彩画へのこだわりが満たされる英国に魅かれていて、昨年晩秋から今年3月初頭まで、3度目の長期滞在をした。暗く寒いと定評の有る冬の訪英は初めてだった。
ロンドンから鉄道で南東へ1時間のケント州の首都メイドストンで、英国人家庭にホームスティをして地元の美術大学へ通った。
学生の30%が諸外国からの留学生で、日本人学生も10名近く学んでいた。同じ家にもスーダン人でバーレーンから来てこの大学へ通うアマル君という21歳の青年が居た。
17歳で、有名デザイナーのベネトン主催のデザインコンクール優勝の経歴を持つ。将来は自分のデザイン学校を創ると語る志の高さだった。毎朝一緒に登校するうちにすっかり親しくなり「12年間待っていて……バーレーンの僕の学校へ先生として招待するから」と嬉しいお誘いを頂く。しかし親子程も年齢が上の私に12年は長すぎる。せいぜい10年位の待ち時間にして頂くと助かるのだが。
家主のパットさんは60代半ば。絵のモチーフに200年程前から伝わる家宝のベビー服を出して下さったり、折を見ては近郊の村々を案内して頂いたりした。12月25日生まれの私へ、クリスマスと誕生日の2通りのプレゼントとケーキが用意されて大感激だった。家主とのトラブルが多いと学生達から聞かされたホームスティも、私には快適な日々であった。
街は住宅地の裏の丘陵にリンゴやプラムの果樹園がどこまでも続き、緑豊かで穏やかな田園都市だった。大学も、芝生で常時数匹のリスが遊び回る童話的なのどかさで、学ぶ環境は最適と思われた。ところが、刺激が無いのでひと月で飽きる……と出会った学生の全てが言う。年輩者ほど活々と、若者達にはどこかうっ屈した雰囲気を感じさせる街でもあった。
メキシコ湾流の影響で、冬も積雪は稀だと言い、ひと冬に1週間から10日凍ると地元の人達が表現する年末から年頭にかけての厳寒期も日中の気温はプラスだった。戸外スケッチも手袋は不要で筆が伸びた。青い冬空の下で、北海道の冬こそよほど寒く厳しいと何度も思った。描いて来た絵を見返す時、出会った様々なシーンがなつかしく思いだされる。