ウェブマガジン カムイミンタラ

2002年09月号/第112号  [特集]    

国際山岳年&国際エコツーリズム年記念
山岳エコツーリズムフェスティバル

  7月、旭川市と上川町などを舞台に開かれた山岳エコフェスティバルin北海道2002。過去に例がないほど幅広い分野からさまざまな立場の人々が集いました。内容も講演やパネルディスカッションだけでなく、実際にエコツアーが行われるなど盛りだくさんで、参加者は延べ千人近くに達しています。このイベントを振り返りながらエコロジカルな登山やツーリングを考えます。

自然と人間の持続を求めて
シンポで課題が明確に
モデルツアーでエコを実践

実行委員長の小野有五さんがこのフェスティバルを「持続的」というキーワードで説明します。

イメージ(前夜祭では日本とカナダの先住民族による共演が行われ、山や自然の文化面がアピールされました。)
前夜祭では日本とカナダの先住民族による共演が行われ、山や自然の文化面がアピールされました。

「国際山岳年のキャッチフレーズはWe are all mountain people(われら皆、山の民)。私たちはみんな山の民であり山から恩恵を受けている。エコツーリズムは、海外ではサスティナブルツーリズム(sustainable tourism)という呼び方が普通になっています。持続的なツーリズム、つまり将来にわたって持続的に自然を利用していくにはどうしたらいいか。その2つを合わせたのが今回のフェスティバルです。エコロジカルに山に登るにはどうすればいいのか。そして山に住む人々も動植物も持続的でなくてはいけない」

将来にわたって続けることができる旅、登山、さらには仕事、事業…。持続的は私たちの生活すべてが抱える課題かもしれません。そしてこの課題が端的に現れているのが山岳やツーリズムかもしれません。

「これぞエコツーリズム!」

フェスティバルは7月12日、旭川市の前夜祭で開幕、まず1975年に女性で初めて世界最高峰への登頂に成功した田部井淳子さんの講演です。

世界の有名な山々に登っている田部井さんですが、つい最近「これぞエコだ」と実感したことがあったそうです。鳥取県大山町(だいせんちょう)から大山(だいせん)に登ったのですが、山頂へはたどり着けないルート。それでも十分満足しました。要因は旅館の女将さんなど地元の人と一緒だったことです。

「女将さんがじつに山にくわしい。花のこと、木のこと…。地元の人のところに泊まって、地元の人の案内で山に登る。朝露が当たるほどの細い道なんです。私が新人だったころは露払いに新人が立てられる。それ以来かな。露払いしながら歩くような道って、行かなくなったんですね。百名山にはどんどん人が行って、朝露を感じることなく歩いてしまう。朝露に濡れながら地元の人たちの話を聞いていく、それが本当のエコツーリズムの登り方かなと、おととい実践してきました」

田部井さんはスライドを使って、特にゴミ、トイレの問題などについて話しましたた。登山もこれからはエコでなければならないという発言は、山岳エコツーリズムフェスティバルの幕開けにふさわしいものとなりました。

先進国の取り組み

13日の旭川シンポジウムは海外からの報告で始まりました。

小林寛子さんはオーストラリアでエコツーリズムの仕事に携わっており、最近「エコツーリズムってなに?」(河出書房新社)を発行したばかり。ニープ(NEAP)というオーストラリア・エコツーリズム協会(EAA)による商品に対しての認定制度など先進的なオーストラリアの取り組みを紹介しました。

EAAは1991年に結成された団体で、観光業者の啓蒙などさまざまな活動を行ってきました。ところがエコツーリズムという言葉が流行に乗って一人歩きを始め、まがいものが多くなってしまいました。そこでEAAは環境に対する配慮や地元コミュニティ、先住民族の文化などに対する配慮、さらにはビジネスとして成り立っているかといった度合いを客観的に測り、また消費者がすぐれた商品の見分けがつくように、さらには業者にとって現時点のレベルを確認して改善に役立つようにとニープを生み出しました。

ニープの3つのカテゴリー(ネーチャーツーリズム、エコツーリズム、上級エコツーリズム)で認定された宿泊施設、ツアー、アトラクションの3部門の優良商品は250社の計500商品にのぼり、毎月その数を伸ばしているといいます。

カナダのブレント・リドルさんは世界遺産にも指定された壮大なクロアニー(クルエーン)の自然をスライドで紹介、「ここには手つかずの自然がある。ここでは本当に1人になれる」と大自然にいざないました。会場には喜多郎のシルクロードのテーマが流れ、その壮大なイメージを引き立てました。

ハーヴィ・ジェイムスさんはニュージーランドのエコツーリズムのコンテストでナンバーワンとなったグループの代表。なぜ自分たちが賞を受けたかを説明しました。持続可能な最大収容人数を設定し、まわりの環境、社会、経済性が健全な状態で保持される。徹底したコンサルティング(調査・診断)とプランニング(立案)、そして何事にも公明正大に対処していくことが大切だといいます。

地域がエコをリード

イメージ(分科会は多様なテーマで開催。会場は人であふれました。(旭川分科会3))
分科会は多様なテーマで開催。会場は人であふれました。(旭川分科会3)

分科会1は「エコツーリズム推奨制度」。オーストラリアのニープのように日本のエコツーリズム協会(旧・推進協議会)など民間の機関がエコにふさわしいものにお墨付きを与える制度です。認証する対象は組織なのか、ガイドなのか、プログラムなのか、また初歩的なものからよりエコ度の高いものまでの格付けをするのか、といった論議が行われました。

この分科会には自然ガイドや旅行会社など現場の一線で活躍する人々がパネラーとして参加、特にガイドの質について話題に上りました。

北海道庁は日本で初めてアウトドア資格制度を発足させました。また北大大学院では自然ガイド・環境保全指導者コースが設けられ、ほかの大学や中学・高校でもガイドの育成を始めています。

しかし今後ガイドに携わっていこうという人々の質の向上は、雇用が季節的だったりでなかなか難しく、例えば行政による職業訓練の対象に加えて欲しいといった要望も出されました。

また本来のエコツアーは少人数のため大手旅行会社での扱いは難しく、地域のガイドなどが組織をつくり、全体として商品を売っていくといった、地域がエコツーリズムをリードしていく構想も話し合われました。

分科会2は「大雪山と世界遺産」。世界遺産には文化遺産と自然遺産の2つがあり、日本では法隆寺地域の仏教建築物を皮切りに11件が登録されています。そのうち自然遺産とされるのは屋久島と白神山地の2件です。

世界遺産に指定されるとどんなメリットがあるのか。第一に挙げられるのは保護が国内基準から国際基準に引き上げられること。自国の都合だけで左右されない、いわば外圧によって守ろうというわけです。

大雪山は自然遺産といえますが、最近登録されている世界遺産は自然と文化双方の要素をもっている複合遺産になりつつあり、大雪山も文化の要素が必要です。

先住民族の価値観を

分科会3はまさにその文化がテーマ。アイヌ民族の2人とカナダの先住民族がパネラーとなりました。

川村さんは記念館の館長としてアイヌ文化の伝承と普及に努め、「大雪山と石狩の自然を守る会」の活動にも参加しています。

平取町二風谷(びらとりちょうにぶだに)でアイヌ文化の保存、普及に取り組む貝澤さんはダム建設に反対し、裁判で勝訴しました。ところが、今さら壊すことはできないという理由でダムは残り、その上流にさらにダム建設の動きが始まっている、そんな現状を切々と訴えました。

さらにカナダのヘイルツック民族のブラウンさんは先住民族が連合して「領土」を獲得、しかし「領土」内で木の伐採は続いており、カナダ政府との交渉や訴訟が続いていることを紹介しました。ブラウンさんは最後に歌を歌いました。先住民族にとって歌や踊りは1つのメッセージであり話し言葉と同じだといいます。

この分科会では先住民族の権利をいかに回復するかという問題に直面し、その方策の1つとして自然公園の共同管理が提唱されました。権利回復だけでなく自然を尊ぶ先住民族の価値観が、まさにエコ、持続性そのものだからです。

大雪山をどうする

イメージ(14日の会場は上川かみんぐホール。ロビーも展示でにぎわいました。)
14日の会場は上川かみんぐホール。ロビーも展示でにぎわいました。

14日は上川町に移ってのシンポジウム。大雪山の玄関口ということで、講演や分科会は山や登山に関わるテーマが主体となりました。

基調講演では小疇さんが世界の山々と日本の山の違いを説明、その後の分科会のテーマである登山道や排泄物などの問題を提示しました。

分科会4は「大雪山における生物の多様性」。土地、動物、植物などの観点から専門家による詳細な報告が行われ、守るべき自然が明確にされました。

分科会5は環境保全のため、オーバーユースをどう防ぐのかがテーマ。今後の具体的な方策として入山規制や入山料の徴収についても話し合われました。

分科会6のテーマは登山道。調査に基づく現状が報告され、画一的な木道設置への批判、自然を壊さない石組みの工法の紹介などが行われました。

分科会7はトイレがテーマ。やはり調査に基づいた現状の報告、バイオトイレ、携帯トイレについての報告なども行われました。

オーバーユース、登山道、トイレの問題に共通していたのが、レベル分けという課題です。どの山にどれだけの人数が入ることが可能で、回復させるにはどれだけの制限期間が必要なのか…。それぞれの山、地域によって事情は異なります。それをどう見極めていくのか、そのための仕組みをどうするのか。費用をどうしていくのか。そうした課題が見えてきました。

シンポジウムと重なるように企画されたのがモデル・エコツアーです。旭川シンポジウムの翌日には旭川周辺のコース、上川シンポジウムの翌日には大雪山でのコースで実際にツアーが行われました。

ほとんどが初めての企画でしたが、好評だったようで、このモデルツアーのいくつかがエコツアー商品としてデビューしそうです。

イメージ(「カムイコタン嵐山・先住民族エコツアー」で、参加者たちはアイヌ民族の文化について熱心に聞き入っていました。)
「カムイコタン嵐山・先住民族エコツアー」で、参加者たちはアイヌ民族の文化について熱心に聞き入っていました。

こうして持続可能な登山や旅行を考え、実践する山岳エコツーリズムフェスティバルは幕を閉じました。そしてこの上川地方での4日間が、エコをさらに考え、実践していく出発点となったのです。

掾月12日 前夜祭
基調講演 「国際山岳年・国際エコツーリズム年とこれからの登山のあり方」

7月13日 旭川シンポジウム
基調講演1 「エコツーリズム先進国、オーストラリアのエコツーリズム」
基調講演2 「カナダ、アラスカにおける世界遺産、デスティネーション・トラベル、エコツーリズムの事例研究」
基調講演3 「ニュージーランド・エコツーリズム賞を受賞して」

分科会1 「エコツーリズム推奨制度」
分科会2 「大雪山と世界遺産」
分科会3 「先住民族とエコツーリズム」

7月14日 上川シンポジウム
基調講演 「世界の登山道を歩いて」
分科会4 「大雪山における生物多様性」
分科会5 「登山者からみた山岳地域のオーバーユースと環境保全」
分科会6 「登山道侵食と管理」
分科会7 「トイレから考える登山利用のあり方」
総合討論 「自然破壊へのインパクトを少なくした21世紀の山岳国立公園のあり方」

主催
山岳エコツーリズムフェスティバル
in北海道2002・実行委員会

共催
環境省(7月14日のみ)
日本山岳会
日本山岳協会
日本勤労者山岳連盟
日本ヒマラヤン・アドベンチャートラスト(HAT-J)
日本ヒマラヤ協会
日本ガイド連盟
日本山岳会北海道支部
北海道の森と川を語る会
大雪と石狩の自然を守る会
山のトイレを考える会(7月14日のみ)
大雪山研究者ネットワーク


【モデル・エコツアー】
7月14日 旭川周辺
1 カムイコタン嵐山・先住民族エコツアー
2 市民の手で守られた緑の岬「突哨山の雑木林」を歩く
3 伊香牛アガペ農園タマゴ集め自然食ツアー
4 完熟トマトもぎ取りと美瑛の丘めぐり
5 美瑛白金「小松原」原生林を歩く
6 川の自然・「氷点」の森を歩く

7月15日 大雪山
1 火山と原生林を訪ねるエコツアー
2 大雪山・ヒグマが暮らす山岳池沼群
3 森を感じよう―のんびり歩くエゾマツ原生林
4 「登山道の正しい歩き方と登山道整備を考える」ツアー
5 美瑛川源流の山・扇沼山を訪ねて
6 山のトイレを考える黒岳登山
7 大雪山お鉢平一周とフラワートレッキング
8 バリアフリーな山歩きin大雪山

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