ウェブマガジン カムイミンタラ

2002年09月号/第112号  [ずいそう]    

記憶が結ぶもの
伊東 奈美 (いとう なみ ・ アルテピアッツァ美唄)

美唄(びばい)の市街地から山あいに4キロ。およそ30年前まで炭鉱が栄え、沢づたいに炭鉱長屋が建ち並び、3万人近い人々の暮らしがあった界隈も今はすっかり自然に還ってしまいました。その一角に「アルテピアッツァ美唄」はあります。

往時には1,200人もの児童が通っていた旧栄小学校の木造校舎・体育館は50年の時を経て美唄出身の彫刻家・安田(やすだ)侃(かん)の現代抽象彫刻を設置することにより、まったく新しい空間として甦り、校舎1階は幼稚園舎としても使われ、園児をやさしく包み込んでいます。

鳥がさえずり緑輝くなか、彫刻のあいだをすり抜けるように駆けまわるこどもたちの姿は、私たちに幸せな気持ちをプレゼントしてくれます。
「ねぇ、ねぇ、早くお水に入んなよ! 冷たくて気持ちいいんだよ!」

この場所で遊びなれたこどもたちが、まだヨチヨチ歩きの「新入り」のチビちゃんにやさしく声をかけます。チビちゃんはママの顔を見上げ、しっかりと手をつないでおそるおそる白大理石の玉石がころころの流路に足を踏み入れます。
―にっこり。

その笑顔だけで分かります。何年かしたらこのチビちゃんもすっかり貫禄が付いて、「新入り」のお世話を焼いたりするのでしょう。

そしていつの日か、風のざわめきや水のせせらぎを耳にしたとき、ヒンヤリと心地良かった水の感触と、夢中で戯れた白い石の記憶がよみがえり、「故郷」を想うのかもしれません。その想いは多分、炭鉱で栄えていたこのマチの記憶を大切に持ち続けている人々のそれと、確かに結びついてゆくのだと思えるのです。
「ねぇママ。もういっかい、お水、入ろ?」

ママの手を握りしめてふかふかの緑の芝生から、一歩。

白大理石の感触を確かめるようにゆっくりと、一歩。

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