10年近くドサンコの撮影をしてきた。おもに通った日高山脈の牧場には、多い時で200頭以上の馬がいた。はじめの頃は、放牧場の柵内に入ると、多くの馬の目線の集中砲火を浴びてタジロいだ。中でも種馬のボスは目ざとく見つけて駆け寄ってくる。噛みついたりはしないのだが、イカツイ顔は不気味な存在だった。
まずこのボスを手馴づけることにした。人間社会なら汚職というところだが、せっせと「特別食」、といっても枯草を食べさす時期に青草をやるという程度でも、有難いことに素朴な彼は簡単にこちらの術中にはまって、私の侵入に気付いても、チラッとこちらを向くだけになった。馬に近付く時は、警戒心を解くため声をかけろと言われていたので、そのボスに私が付けた愛称を口にしながら近付いた。その名は「タネやん」。往年の大投手カネやんにあやかったのである。
いつの間にか他の馬たちも警戒心を解いて自然体の馬の撮影ができるようになったが、牧場主と馬との親密度にはかなわない。彼が柵内に入ると、早く餌をくれとばかりに、何十頭もの馬が、一列になってついて行くことがある。壮観としか言いようのない光景なのだが、一度だけ私が柵内に入ると、50頭以上の馬が一列になってついて来たことがある。背中越しに馬の臭いと体温を感じながら、至福の時を持ったのであった。
もう1つ、嬉しかったのは、ソロソロ本州へ引き揚げるかと考え出した2000年(平成12)6月、最後の撮影に出かけた。生まれたての子馬と母馬にテーマを絞った。ちょうど前夜生まれた子馬と母馬がいたので、日没まで密着した。1泊して翌朝、いよいよラスト・ディと気合いを入れて200メートルほど先にいた群れに向かって歩き出した。テレビ流の表現なら“と、その時”、群れから離れた子連れの馬が、私の方へ向かって走ってきて、私の横でピタリと止まった。なんと昨日1日、密着して写したあの親子だった。こんなことってあるのだろうか。嬉しさに思わず目頭が熱くなり、眼前の風景がボヤけたのである。