ある救急医が医師法違反の罪で、札幌地裁の法廷に立たされている。
市立札幌病院救命救急センターの松原泉部長。病院と救急隊が力を合わせて救命にあたる救急医療システムを育てた医師である。札幌の救命率を日本一の水準にしたこのシステムは「札幌方式」と呼ばれ、全国にその名が知られる。
松原さんは、顔の見える関係をだいじに、救急救命士や研修医の教育に力を注いできた。研修こそが臨床能力を高めると信じるからだ。「患者さんの全体像を診られる臨床能力が必要なのは、医師も歯科医師も同じ」と考え、北大から歯科医師の救急研修を受け入れたのも、松原さんにはあたりまえのことだった。
それが、「医師でなければ、医業をなしてはならない」という医師法第17条に違反する、というのである。
昨年6月、埼玉県の歯科医院で局所麻酔を受けた4歳の女の子が亡くなった。歯科治療中の死亡率ははっきりしないが、日本歯科麻酔学会の年間4、5人という数字がある。帰宅後急変した場合などを含めると、年間80人から100人に上る可能性もある。
しかも、「80歳になっても自分の歯を20本」という8020運動に象徴されるように、かつてなら歯科医にかからなかった高齢者や合併症を抱える患者も歯科の診察台に上る。虫歯1本の治療や入れ歯の型取りだけでも、いのちにかかわるリスクが増した。
歯科医にも内科や外科の医師と同じく、いざというとき対処できる能力を身につけてほしいと願うのは、まちがっているだろうか。いのちをおろそかにする法律なら、法がまちがっているのでは?
地元紙の小さな記事で裁判を知った私は、札幌に飛び、素朴な疑問を原稿にした。編集者がつけたタイトルは、「救急救命 札幌の悲劇」(文藝春秋1月号)。悲劇に終わらせることなく、いのちを救う医療を育てるために、裁判所へ足を運んでいただきたい。判決は、3月28日にいいわたされる。