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2003年07月号/第117号  [特集]    旭川市旭山動物園

新しい仕掛け続々 生き物本来の動きが人を呼ぶ
動物いきいき人間ワクワク ―旭川市旭山動物園

  昨年、旭川市旭山動物園には67万人もの人々が訪れました。どん底だった1996年の26万人からの見事なV字型回復。過去最高だった1983年をも上回る数字です。多くの動物園が入園者数の長期低迷に悩む中で、どうして旭山だけが復活を成しとげたのでしょうか。小菅正夫園長(55)に案内いただきながら、その理由を探りました。

来ても年1回だった動物園

旭川市中心部から車で東に約30分。標高300メートルほどの旭山の斜面にこの動物園は広がっています。

入園料は中学生以下と60歳以上の旭川市民などが無料で、一般は580円。そのほか1,000円の年間パスポートがあります。2回来ればモトがとれる計算です。

「動物園は来ても年に1回がほとんどだったんです。それならパスポートを出して2回以上来ていただいた方がいい」

イメージ(施設の再整備は「こども牧場」から始まりました。自然界に暮らす動物ではなく家畜やペット動物と子どもたちが触れあいます。)
施設の再整備は「こども牧場」から始まりました。自然界に暮らす動物ではなく家畜やペット動物と子どもたちが触れあいます。

このパスポートが登場したのは1997年(平成9年)で、開園30周年の年でした。その2年前に園長になった小菅(こすげ)さんは長期低落を脱するため積極策に打って出ていました。旭川市長や市役所幹部を熱心に説得し、「こども牧場」「ととりの村」「もうじゅう館」…と毎年1つずつ新たな施設をつくっていったのです。

イメージ(マルミミゾウのナナちゃんはここに来て20年。すっかり旭山動物園の顔です。)
マルミミゾウのナナちゃんはここに来て20年。すっかり旭山動物園の顔です。

そしてもう1つ、来園者の増加を願って発行したのが30周年記念のパスポートでした。当時の入園料が420円のところ年間フリーのパスが500円と破格の大サービス。2001年からは現在の価格になりましたが、人気に衰えはありません。

正門をくぐると正面には広場、右手には「ととりの村」と名づけられた鳥たちの空間があります。全体がネットで覆われ、ハクチョウ、カモなどが泳ぎ回ったり、羽を休めたり。その中を散策すると自然そのものの中に入り込んだ錯覚に陥ります。

「お客さんがどれくらいの時間、動物を見ているか、ストップウオッチを持って計ったことがあります。フラミンゴの前では30秒もない。平均たったの1~2秒でした」

イメージ((オランウータン))
(オランウータン)

動物園がおもしろくないという理由の1つに、動物たちがじっとしていて動かないことがありました。でも小菅園長をはじめ動物園で働いている者からすれば、動物はよく動き、おもしろい。そこで新しい施設では動物の行動が見られる仕掛けが随所につくられました。ただしそれは強制的に動かすわけではありません。自然の中にいるときと同じことを動物園でしてもらうだけです。

ペンギンも人を見物している

イメージ(「冬の動物園」の人気がペンギンの行進。人間が先導するわけでもなく、後ろから追うわけでもなく、自由に歩き回ります。)
「冬の動物園」の人気がペンギンの行進。人間が先導するわけでもなく、後ろから追うわけでもなく、自由に歩き回ります。

「ととりの村」を出て緩やかな斜面を上っていくと、人気の「ぺんぎん館」です。屋外に出ているヨチヨチ歩きのペンギンを見るのも楽しいですが、目玉は建物内の水中トンネル。最近の水族館でよく見られる構造ですが、ここでは足もとまで透明になっていて、ぐるり水中を見ることができます。このトンネルをかすめるようにペンギンがビュンビュン泳ぎ回り、観客から歓声が湧き上がります。陸上では幼児なみの歩きでも、水に入れば魚と同じ機敏な動き。そのペンギンがチラリとこちらに目を向けました。

「お客が来ないとペンギンも泳がないんですよ。水の中に変なのが来たと喜んでいるんですね」

人間がペンギンを見に来ているのですが、ペンギンもトンネルの中の人間に興味を持って見に来るようです。

この「ぺんぎん館」で人気なのが日に3回の「もぐもぐタイム」。うち1回はダイバーが水中でオキアミを与えます。

「キングペンギンは泳がないというのが動物園や水族館の常識だったんです。自発的に泳ぐということはあまりありませんでした。それに水中給餌をするという発想もありませんでした。きっとペンギンがぶつかって危ないと思っていたからでしょう」

このペンギンたち、冬には行列をつくって園内を散歩し、冬期開園の目玉になっています。

すぐ目の前に猛獣のど迫力

イメージ(頭上でゆうゆうと寝ているヒョウ。上にいると安心なんだそうです。)
頭上でゆうゆうと寝ているヒョウ。上にいると安心なんだそうです。

続いての施設は「もうじゅう館」です。ライオンやトラなどが厚み数センチのガラス越しにすぐ目の前で見られます。

おもしろい光景に出くわしました。観客のすぐ頭上でヒョウがゆうゆうと寝ているのです。なんだが猛獣たちのにおいどころか体温さえも伝わってくるようです。観客がざわめいてもいっこうに気にすることなく、ネコのように寝ています。

「ヒョウというのは中型のネコ科の動物で、もともと地面で暮らす生き物ではないんです。地面にはアフリカではライオン、アジアではトラがいますから。木の上にいる限り人間よりもヒョウの方が絶対有利で、余裕を持って寝ています。はじめは人間が騒ぐとヒョウがいやがると思っていましたが、そうでもないみたいです」

こうしたヒョウの施設をつくったのは旭山動物園が世界初。その2年後、アメリカの動物園にも同じものができたそうです。

トラのところで係の人がマイクを持って説明を始めました。日曜と祝日ごとに園内の1カ所ずつ順に行っているワンポイントガCドです。トラは大好きな係の人が来たので大喜び。駆け寄ってくる姿は迫力満点ですが、大きさを別にすればネコのようなかわいさです。

イメージ(白クマの泳ぐ姿を間近で見られる「ほっきょくぐま館」。その大きさが体感できます。)
白クマの泳ぐ姿を間近で見られる「ほっきょくぐま館」。その大きさが体感できます。

次の施設は昨年オープンしたばかりの「ほっきょくぐま館」。2頭ずつが入る2つのスペースに分かれています。その1つは水中を泳ぐ姿がガラス越しに見られる構造。ロシア生まれの若いイワンと、もうおばあさんの年齢になる旭山生まれのハッピー。イワンは疲れを知りません。いつも水に入ってボール遊びをしています。

イメージ(白クマの泳ぐ姿を間近で見られる「ほっきょくぐま館」。その大きさが体感できます。)
白クマの泳ぐ姿を間近で見られる「ほっきょくぐま館」。その大きさが体感できます。

ガラスの向こうで泳ぎ回るホッキョクグマの巨大さが体で感じられます。自然界でのこうした接近は危険なので不可能。写真や動画の撮影もできません。動物園ゆえに可能なのだそうです。

サルの“人間模様”

次は「さる山」。全体のイメージは野生のサルが棲む青森県の下北半島で山と里があります。

イメージ(餌は箱を転がさないと出てきません。)
餌は箱を転がさないと出てきません。

一辺が20センチくらいのサイコロ型の木箱がたくさん転がっています。もぐもぐタイムになると係の人が、そのサイコロの穴に餌を入れ始めました。するとサルたちがサイコロをカタンコトンと鳴らしながらひっくり返し始めたのです。どうやら穴は手を入れて餌を取るには小さく、ひっくり返して穴から出さなくてはならないようです。これなら退屈しません。

ほかにもこんな仕掛けがあります。地面の一部には細かい目の網が敷いてあり、その下には麦がまいてあります。麦から芽が出るとサルたちが指でつまんで食べるのです。

さらにユニークな仕掛けがあり、それをめぐっての悲喜こもごもの人間模様、ではなくサル模様が展開されているそうです。

木材のチップが敷いている場所があって、その中にはピーナツが隠してあります。それも毎日同じではなく、広くばらまいたり、1カ所に集中させたり、まったくなかったり。サルたちはそれを探すのです。

「あそこにいる大きなサルは、自分で探そうとせずに、ほかのサルが探したところに行って横取りしようという性格の持ち主なんです。そこで小さなサルは考えたんですね。あいつがいるときに食べ始めると取られてしまうと。それで大量のピーナツを探し当てた小ザルは、その上に座ってしまった。そして周りをわざと探しているんです。でも出てこないから、大ザルは、きょうはないのかな、と思って山に上ってしまう。それを確認した小ザルがパッとピーナツ全部を口に入れてしまいました」

動物の幸せとは?

こうして動物たちを見てくると、飽きることがありません。やはり動いていることが、その最大の理由のようです。

小菅園長によると動物園の歴史は古いそうです。世界四大文明が始まったころから記録が残っています。ただしこれは完全な見せ物でした。

150年ほどの前のヨーロッパでは、鎖につながれたクマの前で小石を売っていたそうです。観客はその石を買ってクマに投げつけるのです。

そんな歴史を持つ動物園が最近変わってきました。それは動物の福祉という考え方です。狭いところで飼われている動物がかわいそうだ、という感覚が広がり、それが欧米などで動物園が減っている要因にもなっています。

今から20年ほどまえには環境エンリッチメントという言葉が出てきました。適切な日本語がないためにそのまま使われていますが、飼育動物たちの幸せな暮らしを実現するための具体的な方策だそうです。

アメリカでは広大な土地を利用した動物園が出現しています。自然環境そのもののような施設で、人間はそれらの動物を遠くから眺めます。自然の姿そのものを人工的に再現させるのです。

しかしそうした動物園を訪問し、時間をかけて観察した小菅園長は、改めて動物の幸せとは何なのかを考えさせられました。

「オランウータンがいたのですが、朝に部屋から出てきてちょっと散歩したあとは座ったまま。ちっとも動かない。夕方帰るまでずっと同じところにいました。カバも同じです。安全なところにいるとか、食べ物が十分に保証されているとか、健康であるとか、物理的な幸せは確かにそうなんです。でもほんとに幸せなんだろうかと思ったんです」

小菅園長の環境エンリッチメントは、物理的な幸せを超えたところにありました。ペンギンが人間を「観察」しながらゆうゆうと泳ぐ。ヒョウが人間の頭上で寝そべる。サルが一所懸命に麦の芽をつまむ…。こうした動物たちの行動が、動物園での環境エンリッチメントだと考えているのです。

一千万円と巨峰

イメージ(無事渡り終えたリアンの脇腹には懸命にしがみつく赤ちゃんが…。)
無事渡り終えたリアンの脇腹には懸命にしがみつく赤ちゃんが…。

いよいよその奇抜さで全国的に有名になった「オランウータンの空中運動場」です。2本の塔が立ち、その間に鉄骨とロープが渡してあります。高さは地上17メートル。観客の真上で、綱渡り劇が毎日展開されるのです。

もぐもぐタイムに合わせて、すでに200人以上もの観客が集まっています。係の人がマイクで説明を始めると、オランウータンが塔を登り始めました。餌は竿を使って反対側の塔に設置されます。それはまだなのに、もう上り始めました。アナウンス開始がもぐもぐタイムの始まりであることを知っているのです。

0}このオランウータンの脇腹にしがみついている小さな生き物。そうです。メスのオランウータンのリアンが今年3月に産んだ赤ちゃんなのです。母親はまるで子どもを気にすることなく、手と足を使ってロープを渡っていきます。

でも下で見ている観客はハラハラドキドキ。かたずを飲んで見守る中を無事反対側の塔に着きました。

よくもまあ、大胆な仕掛けを考え、なおかつ実際につくってしまったのかと心底感心してしまいます。

「はじめは塔にも上りませんでした」と小菅園長。成功の陰にはこんなエピソードがありました。

最初に飼育係が自分で塔に上ってみせると、オランウータンも、飼育係が上ったところまで上りました。

しかしそこからが問題。塔と塔の間に張った上下のロープを頼りに渡っていくのはとび職でもない限り無理。現実的には人間の手本なしで渡ってもらわなければなりませんでした。

そこで反対側の塔に大好きなブドウを持って上り、誘いました。甘いものをたくさん食べると太るので、ふだんはデラウェアをほんの半房くらいしか与えませんが、このときは一房まるまるです。ところが反応がありません。

やっぱり人間が渡ってみせないとだめか。小菅園長が「百万円をあげるから渡る人はいないか」と聞いたところ、だれもいません。「それじゃ1千万円ではどうだ」と言うと「おれが行きます」という職員が現れました。

イメージ(無事渡り終えたリアンの脇腹には懸命にしがみつく赤ちゃんが…。)
無事渡り終えたリアンの脇腹には懸命にしがみつく赤ちゃんが…。

そこで園長は考えます。オランウータンだって同じはず。「よし、農協に行って巨峰を1箱買ってこい」。この作戦が図に当たりました。綱渡りが始まったのです。これは最初のきっかけだけで、その後はピーナツ数個を餌にする程度。それでも渡ります。餌を求めて木の上を移動するオランウータンの生活の一部がここで展開されているだけなのです。

地球は水でつながっている

旭山動物園では来年、新しい「あざらし館」が登場し、そのあとには石狩川水系の「淡水水族館」が予定されています。「ぺんぎん館」「ほっきょくぐま館」「あざらし館」そして「淡水水族館」と、水に関する一連の施設が園の中心部に集合します。これには1つの大きなテーマがありました。マリンランド計画です。

イメージ(小菅園長が旭山動物園に就職したのは、大学時代に明け暮れた柔道で腕が太くなり過ぎ、牛馬の直腸に入らないので牛馬を扱う獣医になれなかった為。それから毎日動物の事ばかり考え続けている内に、30年が過ぎました。)
小菅園長が旭山動物園に就職したのは、大学時代に明け暮れた柔道で腕が太くなり過ぎ、牛馬の直腸に入らないので牛馬を扱う獣医になれなかった為。それから毎日動物の事ばかり考え続けている内に、30年が過ぎました。

「大雪山に降った雨は石狩川を流れて日本海に注ぎます。その間、石狩川は多くの生物を育みます。オショロコマやアメマスなどの魚類やエゾサンショウウオ、アカガエルなどの両生類、コオイムシやゲンゴロウといった水生昆虫まで。そんな生物たちを石狩川の流れに沿って展示していきます」

マリンランド計画で訴えたいのは足もとの環境を見つめることです。

「この水が海を流れ、北極や南極にもつながっている。PCB汚染など、その影響は北極のホッキョクグマや南極のペンギンにまで達しているんです。旭川の水を守ることが、絶滅に瀕するホッキョクグマなどを守ることにもなります。自然にあまり接する機会のなかった子どもたちにも動物園を通して、動物や地球環境に関心を持っていただきたい。頭で考えた理論ではなく、心や感情から出てくることが大切なんです」

小菅園長が強調したいもう1つのことが平和でした。

「第2次世界大戦のとき日本中の動物園で動物が殺されました。そのとき名古屋の動物園では、ある軍人さんが飼育係の殺さないでくれという願いを聞き入れ、2頭のゾウが生き残ったんです。戦後、大勢の子どもたちとその親たちが、列車に乗ってゾウを見に来ました。打ちひしがれた人々を、さあこれからがんばるぞ、という気持ちにさせました。今の日本に動物園がたくさんあるのは、平和で豊かだからこそなんです」

こうした平和が基本にあり、その象徴として動物園が存在し、そして動物を通して地球の未来を考えていく。ユニークで楽しい日本最北の動物園はそんなメッセージも発しています。

旭山動物園


〒078-8205 旭川市東旭川町倉沼 電話・FAX0166-36-1104

開園(平成15年度)
夏期・・・4月26日(土)~10月19日(日) (期間中無休)
      9時30分~17時15分(入園は16時15分まで)
冬期・・・11月1日(土)~3月28日(日) (毎週水・木と12月30日~1月5日休園ただし2月11日は開園)
      11時~14時(入園は13時30分まで)

入園料
夏期・・・580円  冬期・・・290円
パスポート 夏期(通年)1000円  冬期500円
中学生以下無料 旭川在住の60歳以上、障害者及び介護者、生活保護受給者、要介護認定者は全額免除
ホームページ http://www.arc-net.co.jp/shoukou/zoo/

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