ウェブマガジン カムイミンタラ

1986年01月号/第12号  [ずいそう]    

フランスの森で
佐薙 岡豊 (さなぎ おかとよ ・ 箏曲家)

数年前、何回目かのヨーロッパ演奏旅行の終わりは、パリの郊外、コンピエニュ町字ピアフォン村であった。

英国至のカナダ人、ジョン・バニエ氏は、エリザベス女王の命のもと、英国からの援助を受けながら私費を投じて、英国をはじめ、カナダ、フランスなどで福祉の仕事をしている。人口2,000人のピアフォンにも、パニエ氏の手になる、大人の身体障害者のための、ラッシー福祉施設がある。私たちが、この福祉村で演奏会を持つことになったのは、ラッシーで仕事をしている日本女性、太田さんからの依頼によるものであった。

ほこりっぽいパリを抜け出し、ピアフォンヘ至る1時間半、バスは広大な森を、ひた走る。行く手の道は真っすぐに、果てしなく続いて細くなり、ついに、もやの中に消えてしまう。左右に延びる道もまた然り。11月下旬の森の木々は、ほとんどの葉を落とし、ひんやりと澄んだ空気の中で静まりかえり、道路標識には、「鹿が出てきてもクラクションなどで驚ろかさないように」と書いてある。私たちは、バスを降り、ほんの少し散歩をしてみた。落葉を踏むと、手入れの行きとどいた絨氈の感触。かすかな音に見上ると、梢の残り葉がカラコロと鈴を鳴らす。湿気を含んでハラハラ、といった日本のしっとり風情とは、木の葉の舞い方までひと味ちがう。

この大自然の恵みにつつまれて身障者たちは技術指導を受け、自分に適した仕事を持ち、家族と共に自給自足の生活を送っている。

なにしろすべてが手づくりの村である。コンサートの照明も半分はローソク。真夜中になってしまった打上げ会の明かりは、全部手づくりローソク。ワイン、ケーキも、パン、バター、チーズも。そして訪問の記念に頂戴した鉄製の「4人の楽士たち」の人形は、身障者のひとりが「私が作ったものです」と、はにかみながら手渡してくれた。その表情がなぜか、とても日本的に感じられたのが印象深い。この人形などは、都会で高価なお土産品として売られ、その利益は全額施設へ還元される、と聞いた。

古い石造りの教会でのコンサートが終わった時、ジョン・パニエ氏は私たちのために、その「演奏に対する感謝と、旅の無事を願って小さなお祈りを致しましょう」と、聴衆と共に捧げてくれた祈り。グレゴリオ聖歌に似た祈りは堂に満ち、その感動を、私は生涯忘れることはないだろう。

帰国の途、機上でつくづく思ったのは、北海道に残る多くの自然が、どのように活用されているのだろうかということ。私の知らないところですでに充分に生かされていると、信じたい。

大自然の中にあって、私たちの音楽が、何かの役に立つことがあるならば、こんな幸せなことはない、とも思っている。

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