「児童書の整理に来られませんか?」と、プランゲ文庫の村上寿世さんから電話をいただいたのは1993年春のこと。実現したのは1995年だが、戦後北海道の児童書を探索・調査していた私は、心躍る思いだった。メリーランド大学の客員研究員として、プランゲ文庫で児童書の書誌的整理に没頭した。この仕事は、『ゴードン・W プランゲ文庫児童書目録』(村上寿世・谷暎子編・ProQues)として実を結び2005年に出版された。
目録には、GHQの検閲(1945~1949)を受けた日本の児童書約8000タイトルの書誌情報と検閲情報が収録されている。国際子ども図書館の調査によると、プランゲ文庫所蔵児童書のうち国内主要図書館にあるのは、読み物で6割、絵本で3割、漫画で2割に過ぎないという。この数字からも、プランゲ文庫の児童書がいかに貴重なものかを知ることができる。
『~児童書目録』は、文庫の資料を知り尽くし児童書にも造詣の深かった村上さんが編纂されるはずだった。けれど病のため、1997年に急逝されてしまわれた。村上さんは読書好きの子どもだったようで、児童書にはことのほか愛着をもっておられた。整理を終えた書架の前で、「やっとこの子たちの居場所ができた」と、感慨深げに児童書を眺めておられた村上さんのことが忘れられない。
「2000年までに児童書目録を出版したい」と言われていた村上さん。その意思を継いで目録を完成させたいと思い、年2、3回、休暇を使っての文庫通いが続く。出版に漕ぎ着けるまで、ほんとうに長い道程だった。異文化のなかで仕事を進めることの大切さと難しさを感じながら、出版を待つ日々が続いた。ともあれ、多くの方々の励ましと支えで目録を上梓でき安堵している。
2005年度から、メリーランド大学と国立国会図書館の共同事業として児童書のマイクロ化が始まった。マイクロ資料ではあるが国内で閲覧できるようになるのだから、研究者にとってはうれしいことである。
はじめて文庫を訪れてから10年余・・・私は今も、検閲で違反に問われた児童書の調査をすすめている。占領期の児童文学・文化史の空白を埋める仕事は、もう暫く続きそうである。