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1986年03月号/第13号  [ずいそう]    

40歳の情熱
竹津 宜男 (たけつ よしお ・ 札幌交響楽団事務局長)

戦後間もなく、私の生まれ故郷広島県福山市では、数多くの演奏会が開かれ、それを聴いているうちに、中学生の私もいつの間にかクラシック音楽のとりこになった。盛んにそれらの演奏会を催してくれたのは、40歳を中心にした人たちで、彼らの、失われた時代を取り戻したい、という情熱にひきずられたものだった。

今年1月早々、札響は、函館、登別、苫小牧、弟子屈、士幌と道内を巡演した。そのなかで、登別と弟子屈は、偶然にも40歳の人たちを中心とした組織が主催した。ともにこれまで札響とはあまり縁の無かった土地であり、おまけに演奏会当日はひどい悪条件にみまわれた。それにもかかわらず、彼らの力でわれわれにも信じられないほどの成功をおさめた。

ことに1月14日、前夜から北海道をおそった低気圧は、全道に大雪を降らせ、弟子屈では昼までに50センチ近い積雪。午後になってもいささかもおとろえず、さらに強風がまきおこす地吹雪が加わって、必死の除雪作業も、10分もすればモトノモクアミ、いつ演奏会が取り止めになるか気が気ではなかった。しかし演奏会実行委員会の人たちはあきらめることなく、全員黙々と、雪と闘いつづけた。

道路が閉鎖になったため、予定していた中標津町からの団体客は来られなくなったが、開演まじかには、用意した客席がすっかり満席になり、あわてて予備の椅子を出すほどのにぎわいになった。

新しくできあがった音響の良いホールで、聴衆の熱気にうたれ、札響は力いっぱいの演奏をした。

終演後、顔をほてらせて出てくる聴衆に、帰りの道を気づかって一声かける実行委員の人たちの満足げな顔は、なんと、さわやかで美しかったことか。

まさに文化の町づくりへかけた40歳の情熱がもたらせた成功であった。

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