オホーツクにある興部町は、恵まれた自然がもたらす宝が豊富なところです。オホーツク海の新鮮な海の幸、近くの山川でとれる季節ごとの山の幸、平地から丘まで続く広大な草地では人の倍の数の牛が飼われていて、こうした豊かな自然とゆたかな食材は他にはない魅力です。私たち家族はこの興部町で酪農をなりわいとしながら、乳製品の製造加工、ファームイン(体験民宿)、酪農教育ファーム(実習生の受け入れ)、フリースクールなど、さまざまな取り組みをしています。
ファーム経営者の両親と兄は、住み込みのスタッフや実習生とともに循環型農業を行い、化学肥料を使わない土・草・餌にこだわった良質な原料乳の生産に努めています。弟は低温殺菌牛乳、ドリンクヨーグルト、ソフトクリームの加工を担当。ファームでは昨年末から純生キャラメルの製造販売も始めました。
そして私は、自家製チーズ9種類の製造、レストラン、ファームイン(体験民宿)を担当しています。両親や兄や弟が生産・管理した新鮮で安全な原料乳を使用し、私の熱意で熟成させたチーズは、2005年、All Japanナチュラルチーズコンテストでハード部門金賞と優秀賞を同時に受賞しました。2003年にはスイスのチーズ製造工場とファームインの視察研修に参加し、2008年度から5年計画で経産省の補助を受けながら国内初のエメンタールチーズとグリュイエールチーズの開発に取り組んでいます。
牧場ではフリースクール「かしずき」も運営しています。かしずく(傅く)は、大切にして育てること。心に悩みを抱えてこもりがちな人たちを興部の自然のなかで元気にしたいと名付けた名前です。
若年の私にとって、初めは何もかもが手探りの状態でした。
食品を扱うには安全で良質な原料乳を生産・加工することが基本ですが、そう簡単なものではなく、家族やスタッフが一丸となって協力しなくては到底できることではありません。
また幸いなことに、経験豊かな生産者の方々や研究者・技術者の方々からさまざまなことを教えていただき、試行錯誤のなか経験を重ねてきました。(財)都市農山漁村交流活性化機構、中央酪農会議認証「酪農教育ファーム」、北海道庁「北の食材こだわりの宿」などにも登録され、全国の新聞やテレビ、FMラジオ、雑誌など多くの情報関係のご協力もいただき、ここまできました。つくづく「人」の大切さとこれからの責任の重さを感じています。
新鮮な旬の食材を味わえることの幸せは、何よりも贅沢なことです。スタッフや実習生とともに汗を流してつくる無農薬野菜は、感動と満足の源です。地元の豊富な山菜・海の幸・チーズからつくるオリジナルメニューは、いまや冨田ファームの自慢となりました。
ファームではお客さまが希望する体験のお手伝いをしており、多くのお客さまが自ら搾った牛乳でアイスクリームなどの乳加工品づくりを体験をしていかれます。アイスができるまでは、木苺やミントを摘みに家庭菜園へ。そうして味わう自分の手づくりアイスのおいしさは、格別のようです。
周囲の採草地は、初夏の緑が生え揃ったころ、背丈ほどに伸び穂が出たころと季節によって姿を変え、乾草ロールがコロコロとならぶ刈り取り後の足裏の感触もなかなかです。雪の上の動物の足跡を追かけたり、サイクリング途中で川遊びをしたり、温泉に行ったりと、お客さまは思い思いの休日を過ごし、もう一泊と連泊される方、こんどは冬にもと再訪してくださる方もいらっしゃいます。
そして「ここでこのチーズが、ラクレット(※)が食べたくて」とおっしゃってくださると、明日もまたがんばろうと思うのです。
冨田ファームは「観光牧場」でありません。実際の酪農経営は、多くの人がもつ「北海道の牧場のイメージ」=「のどかさ」だけでは済まない大変さがあります。また、これまでさまざまな職業や経験をもつ方々から「農業に求められている多面的機能」を教えられました。
これからは酪農の魅力とその奥深さを、もっと多くの人と共有したいと思っています。ファームインやホームページを通じて牧場をもっと一般に公開し、日常の生活ではなかなか経験できない食糧の生産過程を見たり体験したりして「つくる喜び・味わう喜び・癒される喜び」を実感してもらい、「食」の安全性や必要性に気づいてもらいたい。それが人との交流をさらにひろげ、地域社会への貢献にもなればと思っています。
※ラクレット=チーズの断面を火にかざし、溶けた部分をゆでたジャガイモなどにからめて食べる料理。当ファームインでは2段式ホットプレートの上段で野菜類をあたため、下段の小さなフライパンに薄切りにしたチーズを溶かし、あたたまった野菜にほど良く溶けたチーズをヘラでおとしかけて食べる。