ウェブマガジン カムイミンタラ

2009年11月号/ウェブマガジン第28号 (通巻148号)  [ずいそう]    

「ご存知ですか? ノートテイク、パソコンテイク」
~聴覚に障がいを抱える学生の情報保障~

新國 三千代 (にっくに みちよ ・ 札幌学院大学人文学部教授 バリアフリー委員会世話人代表)

「トラトランプトトランプト」<br>版画:宝賀寿子
「トラトランプトトランプト」
版画:宝賀寿子

札幌学院大学には聴覚に障がいを抱える学生(以下、"聴覚障がい学生"と呼ぶ)が在籍しています。大学では決まった教科書を用いて板書しながら授業を進めることは稀で、教員が作成したプリントや資料、スライドなど様々な教材を用いて授業が行われます。学生たちが意見を発表し合い、質疑応答するゼミナールという授業もあります。従って、聞き取ることが困難な学生が授業内容を理解することは至難の業です。

本学では10年ほど前からノートテイクという手段で授業中に話される言葉をノートなどに書き記し、聴覚障がい学生に伝える取り組みを行ってきました。ノートテイカー(書き記す人)が2人一組で聴覚障がい学生の両隣に座り、ノートを見やすい位置に置いて10~15分交代でテイクを行うのです。


ノートテイク

ノートテイクは講義メモなどとは異なり、プリントや資料に記載されていない事項や解説、余談、雑談、学生たちの質問など、授業中の音声情報をリアルタイムに文字化します。先生の雑談や学生の質問が受講生の関心を呼び覚まし、勉強のきっかけとなることもありますので、授業中のあらゆる音声情報を文字化することは意味があるのです。

このように、聴覚障がい学生が他の学生と同様に"授業に参加できる"ことを保障することを情報保障と言います。
 本学は2000年に大学院生と学生が情報保障ボランティア団体を立ち上げ、ノートテイクによる情報保障を開始しましたが、2001年に聴覚障がい学生が2名となったときに、誰でも自由に参加できる、学生と教職員からなる「バリアフリー委員会」を立ち上げました。その後、支援する障がいの対象を広げ、バリア無き大学をめざして様々な取り組みを行っています。学生たちが主体的に参画し、支援の企画から実施まであらゆる活動を担っています。教職員はそれをサポートし、大学は予算的なバックアップをしています。

ところで、話す速度は書く速度に比べて非常に速いため、ノートテイクではすべてを文字化することは不可能です。そこで、話の内容を要約して書くことになります。しかし、専門的な知識や専門用語なども知らなければ的確な要約はできません。養成講座などで練習を積み、スキルを身につけた学生がノートテイクを行いますが、なかなか大変な仕事です。

情報系の科目を担当していた私は、パソコンを用いることを思いつき、ゼミ生たちに呼びかけてプロジェクトを立ち上げました。そのとき大学院生の一人からフリーソフト(栗田茂明氏作成のIPtalk)があることを知らされ、さっそく試してみることにしました。


右側:入力用PC,左側:表示用PC

IPtalkは、入力用と表示用の2台のパソコンをLANケーブルでつなぎ、入力者が画面下の入力部から文字を入力すると、表示用パソコンにその文字が出る仕組みで、聴覚障がい学生はこの表示画面をみるわけです。表示用パソコンは何台でも繋ぐことができ、聴覚障がい学生が多くても対応できます。表示画面を大型スクリーンに表示すれば講演会などでも使えます。キー入力が速ければ、要約ではなく、速記者並に講義内容をそのまま文字化することも可能です。専門用語の登録や学習機能の使用により、漢字変換も簡単です。パソコンテイクも2名一組で行います。


入力・表示画面(入力者用)

実験的に2名の聴覚障がい学生に試してもらうと、「講義の雰囲気が伝わってくる。リアルタイムに文字が表示されるのがよい。意見や質問を入力できるのもよい」、「一部変換ミスもあったが、リアルタイムでみんなについていけた感じがした。ノートテイクより情報量が多く、画面を読むのと板書の書き取りの両立は大変だった」などの感想が返ってきました。

初めてこれを見た人は、"授業中にこんなにも多くの言葉が行き交っていたのか"と一様に驚きます。確かに情報量が多く、画面と板書を見ながらの講義は大変です。しかし、プロジェクトに関わったゼミ生たちは、授業についていけたと感じてもらえたことに手応えを感じました。講義担当者からも「これはかなり有効な支援手段」とのメールをいただきました。


パソコンテイク

こうして2002年度からはパソコンを用いたノートテイク(パソコンテイク)が始まりました。プロジェクトのゼミ生たちは、その後パソコンテイクの手引き書を作成し、講習会で教えながら後輩を育てました。これ以降、バリアフリー委員会では「先輩が後輩を育てる」ことが定着していきました。そして、先輩も後輩とともに育ち、関わる教職員も学生たちに学びながら育ってきたと言えます。本学の障がい学生支援は"相互の育ち合い"という素晴らしい副産物を生み出しながら現在に至っているのです。

当時、試用に協力してくれた聴覚障がい学生の一人は、4年次の就職活動で内定を決めて就職しました。もう一人は卒業後に小学校と特別支援の教員免許を取得し、教員採用試験に合格して特別支援学校の教壇に立っています。その後の聴覚障がい学生も全員就職や大学院進学を果たし、それぞれの道を歩んでいます。支援した学生も、支援を受けた学生も、共に立派に成長し、卒業していきます。


テイク講習会

ここ数年はテイクを要望する聴覚障がい学生が7~8名と増え、テイカーは何人いても多過ぎることはありません。バリアフリー委員会では支援学生の募集活動やテイカー養成も精力的に行っています。

話は変わりますが、講義で使用する映像教材には、字幕が入っていないものが多く、パソコンテイクで映像中の音声を文字にして伝えることはできますが、映像とパソコンの文字情報を同時に見ることはほとんど不可能です。
 そこで昨年度から、この字幕入れも電子計算機センターのサポートデスクで行うようになりました。ここでも学生たちが試行錯誤を重ね、聴覚障がい学生の意見も取り入れて、映像の中ではなく、下方に字幕領域を追加する形を確立しました。「字幕入れルール」も作成し、これにより聴覚障がい学生の情報保障を実現できたことは言うまでもありませんが、テイカーたちの負担も大幅に軽減化されました。
 因みに、昨年は60本もの映像教材に字幕を入れました。学生スタッフたちの残した「字幕入れの手引き書」は、後輩スタッフに引き継がれ、活用されています。

現在バリアフリー委員会では、肢体不自由学生に対する登下校時の通学介助や学内移動介助、手が不自由な学生のための筆記代行など、取り組みが広がっています。ここ数年は120名を超える学生が委員会に参加しています。ここで紹介したノートテイクをはじめとするこれまでの取り組みは様々な新聞やTVで紹介されています。

学びたい意志をもつ学生に、その能力に応じて等しく教育を受ける機会を保障することは、高等教育機関に課せられた使命であり当然のことと言えます。しかしながら、私たちはこれまでのバリアフリー委員会の取り組みから、誰にとっても学びやすい環境づくりは、教職員だけで行えるものではなく、"学生と共につくっていくものである"ことを学びました。「自律する力を育てる」「人権を尊重する」「地域と共生する」「協働(構成員で創りあげる大学)」という理念、札幌学院大学HP「大学概要」の布施晶子学長の言葉が示すように、本学が創設以来「学生と共に大学をつくる」という精神を継承してきたことを実感しています。

今後はさらなる「バリア無き大学」をめざして、学生と教職員の協力を強めるとともに、他大学や地域、また読者の皆さまとの連携も必要になるでしょう。その節はよろしくお願いいたします。


【リンク】
札幌学院大学HP
http://www.sgu.ac.jp/
札幌学院大学バリアフリー委員会
http://www.sgu.ac.jp/bfc/
札幌学院大学電子計算機センターサポートデスク
http://ext-web.edu.sgu.ac.jp/supportdesk/top.html
新聞・雑誌等の掲載例ほか参考資料
http://ext-web.edu.sgu.ac.jp/nikku/Web_refer.html

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