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1986年07月号/第15号  [特集]    

学ぶことの誇りとよろこび こころを開いて 共に育ちあう土壌を広げる
共育 同友会大学

  
 共に育ちあう土壌をつくろう――を合言葉に「共育」活動を続ける北海道中小企業家同友会(井上良次代表理事)の同友会大学。中小企業経営者の“手づくりの大学”として、5年間に180社・460人の卒業生を送りだしました。
 学習に取り組む受講生の真撃(し)なまなざし。資料集めに、情報交換にと、ほほえましいまでに授けあい励ましあう4ヵ月間。異なる業種に働く人びとの間に、熱い友情が生まれます。
 同友会大学で学び、あらためて自分を発見した人たちの、自信にあふれたさわやかな笑顔が、社員教育の道筋を教えてくれます。

1984年(昭和61)4月25日(金)午後7時。札幌市中央区にある北海道中小企業家同友会の会議室で、同友会大学第11期生の、最後の講義が行なわれています。講師は同友会専務理事の大久保尚孝さん(56)。

ダークグレーの背広やワイシャツ姿、なす紺のジャンパー、社名の入った作業服の男子受講生。スーツ、ワンピースの女性も3人います。

総括講義のテーマは「中小企業の未来と私たちの課題」。スピーディーにノートをとる人、じっと腕組みして聴きいる人…。内容が円高の問題に及ぶと、受講生のなかに「ウーン」と絞るような声をあげる人がいます。急いで茶色の大封筒から資料を取りだし、数値を確かめる人も。しかし張りつめた空気のなか、講師のユーモラスな事例紹介が、会場を笑いの渦に変えます。

イメージ(経営者や職場の上司が見守るなかで、喜びの卒業証書が学長の手から)
経営者や職場の上司が見守るなかで、喜びの卒業証書が学長の手から

7時40分、こんどはグループ研究です。1グループ10人前後。5つの班に分かれて司会者を中心に討議が始まります。時間を追うごとに、声もアクションも大きくなって…。教室中にうずまく熱気。半数は30歳代後半以上。なかには頭髪に白いものが見えはじめた年代の人もいますが、どの顔も少年のように上気しています。同友会大学学長の関口功四郎さん(シオン樹脂工業(株)社長・同友会常任理事=66)もグループ研究に参加し、ニコニコと受講生の発言に耳をかたむけます。

そして9時。あの吹雪の夜の入学式からまる4ヵ月を経た同友会大学第11期の講義は、その課程のすべてを終了しました。
「みなさん、ご苦労さまでした」と事務局。
「ヤッター」
「バンザーイ」
思わず歓声が起こります。そのあとにドッとあふれる笑い声。ホッとした表情。

互いにねぎらいの声をかけあう受講生たち。関口学長や大久保専務理事と握手を交わし、どの顔も歓びと誇りに輝いています。

人間性豊かな人材を求める願いから生まれた同友会大学

北海道中小企業家同友会は、1969年(昭和44)中小企業の経営者たちが悩みを語り経営者としての人格を高め能力を開発すること、強じんな経営体質をつくること、他の企業と連携して中小企業をとり巻く環境を改善していくことなどを目的として組織された、異業種の経営者の会です。

会員企業は全道115市町村に広がり、4860社。札幌、小樽、函館、苫小牧、帯広、旭川など12支部があり、例会、共同求人活動、合同入社式、新入社員教室、経営者・幹部社員合同研修会、業種別部会など系統だてた活動を行なっています。

会のなかで、中小企業のかかえる問題としていつも話題の中心になるのが「人材」です。人をどう育てていくか、どんな人間が必要なのか。経営者同士の腹をわった議論のなかから導いた結論は「まず、人間らしい人間が人材だ」ということでした。それは、修羅場をくぐりぬける努力をしてきた経営者たちの、苦い経験と反省から生まれた結論であり、社員教育の重要性が経営者の間に強く認識されてきたのです。

イメージ(次々と思い出やお祝いの言葉が交わされる卒業パーティー)
次々と思い出やお祝いの言葉が交わされる卒業パーティー

1981年(昭和56)、社員教育の一環として同友会大学が開校されました。経営者と社員、職場の仲間同士が共に育ちあおうという「共育」の精神に裏うちされ、豊かな人間性と自主的に学ぶ気風を育てる同友会大学。数多くの経営ゼミや、各企業が独自に行なっている社員教育活動のなかにあって、同友会大学は中小企業団体が主宰する「大学」としては日本で初めての試みでした。「経営者にとっていちばん大切なことは、第1級の仕事をするという厳しさからも喜びからも、誇りの持てる人生を社員に保障することです。社員の幸せとは何か、会社の発展のベースは何か。それは深く本質的に学ぶことに裏うちされているのだと、中小企業の経営者たちが気づきはじめたのです」と大久保専務。同友会大学は、経営者自らが、また幹部祉員が学ぶ場となり、札幌支部以外から参加する人も出てきました。

一流の講師陣をそろえて6分野30の講義

同友会大学は、年2回、夏期(7月~10月)と冬期(2月~4月)に開校されます。

経済と中小企業、北海道論、経営と法律、経営分析、科学技術論、人間と教育など6つの分野で、それぞれ中小企業の問題点が大きな視野で、外側から内側から展開されています。

講義は週に2日、午後6時から9時までの3時間。卒業には出席率8割が必要です。受講料の5万円は会社が薗Sします。

「いちど、社長から『同友会大学というものがあるから行ってみないか』と言われましたが、その時は自分には通う資格がないと、断りました」というのは第5期生の金子房生さん((株)宇佐美商会広告事業部部長=32)。講義のある日は、当然、残業ができなくなります。金子さんは、自分の抜けたあと部下に仕事を任せておけるか、チームとして仕事ができるか、その組織づくりに2年をかけました。

「もう大丈夫だと思ったので『行ってきます』と自分から社長に申し出ました」

受講生のそれぞれが、並々ならぬ決意のもとに参加しているのです。

この5年間で、同友会大学の教壇に立った講師は71人。大学部市・札幌の利便を生かし、北海道大学、北海道教育大学をはじめとする各大学の研究者や弁護士、税理士、企業の経営者が参加しています。北海道大学の森杲教授(経済学)は、「初めは、長い社会経験のある人たちにどう教えていいのか、まったくわからなかった。最近、一筋縄ではいかない中小企業の問題や、鋭い質問にやっと答えられるようになりました。勉強の仕方のうまさは、問題を自分のものに引き込んでいるかどうかで決まると思う。私自身、研究者として大変鍛えられました」と語っています。一般学生の学習ぶりとは、ひと味もふた味も違う受講生たちの気迫は、教壇に立つ側にも大きなインパクトを与えています。

単元ごとのレポートと卒論に苦しみながら

同友会大学を経験した人がだれでも口にするのは、レポート作成の大変さです。レポートさえなければ何度でも来たい―の声があちこちで聞かれました。

それぞれの単元が終わるごとにテーマが出され、400字詰め原稿用紙で5枚から7枚のレポートを提出しなくてはなりません。期間は約2週間。このレポートが同友会大学の目玉ともいえるもので、単元2に入ると、すぐ単元1のレポートの締め切りが過酷に迫ってきます。減点方式で厳しく採点され、点数によっては卒業できない場合も。

イメージ(4ヶ月間の苦労も喜びも胸に記念撮影)
4ヶ月間の苦労も喜びも胸に記念撮影

第11期のレポートの出題を見ると、北海道の歴史から現代的教訓を問う問題や、日本国憲法の位置と現状を法体系上から分析させるもの、また人類が当面している課題と展望を科学技術の関係から述べさせるものなどが出ています。そして卒論は「中小企業の未来と同友会大学~私たちの任務と責任にふれて~」。どれもが科学的な視野と深い洞察力、そして個々人の人生観が問われる出題です。

「僕らの時は、採用内定者を取り消した“三菱樹脂事件”というのがあり、それについて考えを述べよというものが出ました。新聞から当時の記録を見つけ出すだけでも大変です。『ジュリスト』など法律関係の雑誌や、専門家しか読まないような本もずいぶん読みました」と、第2期生の吉田永さん((株)住まいのクワザワ取締役営業推進室室長=52)は当時をふり返ります。

会社で報告書を作成するようなわけにはいきません。文献探し。仲間との情報交換。講義の始まる30分前、同友会事務所のビルのレストランは、さながら試験前の学生食堂の感を呈します。

講義のない日は勤務が終わると家に直行し、下調べや文章を練る日が続きます。晩酌をやめ、食事が終わるとすぐ文献にあたる。夕食を終えてまず睡眠をとり、夜中の2時3時からレポートをまとめ、そのまま会社に出勤する日もありました。

「あなたは力不足ですよ、といわんばかりのテーマがどんどん出てくるのです。コンチクショーって思ったけど、腹は立たなかった。自分の気持ちを盛りたてながら、自分自身と対決しながら、書く。これはすごい教育ですよね」と金子さん。

夜、8時きっかりに机に向かう父を見て、いっしょに勉強を始める子どもたち。夫のレポートを読み、励ます妻。中年になった息子の突然の猛勉強ぶりを見守る老母…。夫となり父となった受講生たちの、家族を巻きこんでの涙ぐましい健闘ぶりがうかがえます。

「うまくまとめようと思うな。論旨の根っこがちゃんと張っているかどうかが採点の基準だ」卒業生のいる職場では、先輩がさりげないアドバイスで勇気づけます。

学び、交流するなかで自分を見つめ発見する

同友会大学での4ヵ月は、卒業生たちに鮮烈な印象を残し、人生を見つめる契機にもなったようです。

第1期生の今井勉さん((株)エムケーフード『煉瓦亭』常務取締役=40)は、東京で10年、イタリア料理とフランス料理の修行を積み、料理長として煉瓦亭に入社しました。初めて任される厨房。見習いコックの指導。どんな店づくりをしたらよいのか。同友会大学をすすめられたのは、そんな悩みを抱えていた時でした。

「もう、びっくりしました。カルチャーショックです。今まで、ずっと料理や食物の本しか読んだことがなかったんですからね。調理士は、自分の力だけで成長するのだ、と。専門を極める、修行をするとはこういうものだと教育されてきたんです」

目のうろこが2枚も3枚もとれたと、講義の印象を語ります。掘り口を広く掘らなければ深い穴は掘れない、人間としトのベースができていなければ一流の調理師にはなれない。『煉瓦亭』での若いコックさんに対する指導方針も変わりました。

こうした初期の卒業生の意見で、カリキュラムに取り入れられたのがグループ研究です。

異なる企業間にも意外な共通点があることがわかってくる。年代の違い、経験の違いによって、1つのテーマで自分とはまったく違う判断をする人がいる。さまざまな職場で働く人たちとの討論を通して、自分が、会社が見えてきます。

第8期生の佐藤せつ子さん((株)共同印刷管理部部長=33)。

「私は謙虚さというものを勘違いしていたんです。会社としてのはっきりしたビジョンを尋ねられているのに、謙遜してあいまいに答えてしまったり。相手が何を求めているのか判断できなかったのです。セールスをやっている人たちの話を聞いて、自分の欠点がわかってきました」

今年の春から、印刷原稿が入って納品になるまでの工程全体を管理するというポジションに変わった佐藤さん。フロアーには40人。「プライベートなことで悩んでいる部下にどう接するか」といった、当時は印象にも残らなかった講義が、いま、いろいろな場面でよみがえってくるといいます。

たくましい担い手づくりに“共育”の種をまき続ける

イメージ(「学び」は継続しよう―卒業生など610人が集まった同窓会5周年記念教育講演会)
「学び」は継続しよう―卒業生など610人が集まった同窓会5周年記念教育講演会

4ヵ月の充実感と感動は、同窓会の活動に発展しています。年2回の研修会や各種の勉強会には、毎回、たくさんの人が駆けつけ、新しい研さんを積んでいます。

「会社も個人も選別される厳しい時代にあり、卒業時の感動も日々の忙しさに薄れていくもの。しかし同窓会は、一生懸命勉強した自分の姿を思い山させてくれますね」と吉田さん。学ぶことの大切さを忘れない環境づくりが大切だと、「学び」のアフターフォローを語ります。

5月8日(木)午後6時。第11期の卒業式が行なわれました。

卒業生49人。卒業証書が関口学長から一人ひとりに手渡されます。入学式とはうって変わったなごやかな華やぎ。経営者や上司も満足げに見とどけます。

そして努力賞の発表。田中裕子さん((株)ナニワ=42)に、同期生から惜しみない拍手が贈られます。堂々と、にこやかに仲間の賛辞を受ける田中さん。さわやかです。

経営者も社員も共に育ちあっていこう――同友会大学の『共育』の種は、卒業生によってそれぞれの企業内にもちこまれて新しい社内教育が試みられ、全国各地の同友会にも広がっています。

「オレも大きくなったし、お前も大きくなった、会社も良くなったなあって、みんなで言いあいたい。みんなで幸せをつかんでいきたいんです」

みんなの幸せを考えたい――卒業生に共通したこの言葉には、たくましい北海道づくりの担い手が着実に育っていることを知らされます。

7月11日、北海道の短い夏にスタートをきる同友会大学第12期生の講義が、札幌支部の主管でまたはじまります。

地域経済と文化を担う中小企業は人を育てる「学校」でもあります

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北海道中小企業家同友会 専務理事 大久保尚孝

わが国の中小企業は、生産・流通の分野で50~60%を占め、就業人口の80%が中小企業で働いています。それほどの大多数が働いている中小企業は、地域経済文化の担い手であり、人を育てる「学校」という大きな役割りをもっています。

同友会大学は①すぐれた人間づくりをめざして、ほんものを見るベースづくりをする場であること②どんな変化にも対応できる実力、知識、技術を自ら啓発できること③何を学ばなければならないのかがわかるその出発点となることを願って、経営者が企画し開校しました。社員教育イコール「会社のため」という枠を取り払い、社員は企業を越えた人間に育ってほしい。知的に、理論的に、文化的にと総合的に経営者にゆさぶりをかける社員であってほしい。同友会大学は、経営者にとっても、ものすごい挑戦なのです。「人間が人間としてまともに生きたい」という要求を守り育てることこそ、教育の原点です。民主主義が生命をもって息づくとは何なのか。人間の人間らしい暮らし方、生き方とは何なのか。私たちは教育基本法の精神をふまえ、手段をつくして学ぶなかで、それらをみつめていきたいと思います。


北海道中小企業家同友会
〒060札幌市中央区北4西16第一ビル
電話 011-611-3411


同友会大学第11期講義カリキュラム
日程 講義テーマと講師
‘86年(昭和61)1月月9日(木)開校式


単元1 経済と中小企業
1月14日(火)社会発展史と経済学 北海道教育 大学教授 三好宏一
1月16日(木)北海道経済の歴史と産業構造の特徴 北海道大学 教授 山田定市
1月21日(火)戦後日本経済と中小企業 北海道大学 教授 富森虔児
1月23日(木)世界の政治・経済情勢の焦点 北海道大学 助教授 佐々木隆生
1月28日(火)現代の情勢をどう理解するかグループ研究 北海道大学 教授 森杲

単元2 北海道論
1月30日(木)北海道の歴史~近代からの歩みをたどる~ 北海道大学 教授 永井秀夫
2月4日(火)もうひとつの北海道史~北方少数民族について~ 北海道有朋高校 教諭 田中了
2月6日(木)北海道の風土と文学 藤女子大学 教授 小笠原克

単元3 経営と法律
2月10日(月)労働法の基礎知織 弁護士 伊藤誠一
2月13日(木)民・商法の基礎知識 弁護士 中村仁
2月18日(火)債権の管理と回収1 弁護士 向井清利
2月20日(火)債権の管理と回収2 弁護士 向井清利
2月25日(木)日本国憲法の特微と今日的意義 弁護士 郷路征記

単元4 経営分析
2月27日(木)経営分析のABC 税理士 池脇昭二
3月4日(火)経営分析のポイント 税理士 池脇昭二
3月6日(木)危ない企業の見分け方 (株)帝国データバンク 札幌支店長 大宮辰男
3月11日(火)経営分析の事例研究グループ研究 税理士 上村昭紀

単元5 科学技術論
3月13日(木)科学と入間~自然科学の発展と人間生活~ 北海道大学 教授 田中一
3月18日(火)社会の発展と技術の歴史 北海道大学 助教授 吉田 文和
3月20日(木)コンピュータの基礎概念~情報化時代への対応~ 北海道大学 教授 青木 由直
3月25日(火)中小企業の技術開発~その構想と具体例~ 北海道電気技術サービス(株) 社長 向井隆  (株)光合金製作所 社長 井上一郎
3月27日(木)科学技術の発展と今日的課題グループ研究 北海道大学 助教授 赤石義紀

単元6 人間と教育
4月1日(火)幹部に必要な現代のマナー 北海道同友会 事務局長 西谷博明
4月3日(木)教育とは何か~社会と教育の発展の歴史~ 北海道大学 教授 竹田正直
4月8日(火)人間と話し言葉~話し言葉の再認識~ 北海道邦楽邦舞協会 事務局長 平沢秀和
4月10日(木)知恵ある人間に育つために 札幌学院大学 教授 方波見雅夫
4月15日(火)部下をどう教育するか1 現代人の社会心理と組織の活かし方 北海学園 大学教授 後藤啓一
4月17日(木)部下をどう教育するか2 目標と必達の社風をつくりあげるため (株)共同印刷 社長 木野口功

総括講義
4月25日(金)中小企業の未来と私たちの課題グループ討論~同友会大学で何を学んだか~ 北海道中小企業家同友会 専務理事 大久保尚孝
5月8日(木)卒業式

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