ウェブマガジン カムイミンタラ

1986年07月号/第15号  [ずいそう]    

地名に残るアイヌ言葉
野村 義一 (のむら ぎいち ・ 道ウタリ協会理事長)

地名というものは、古い時代からそれぞれの地方で、そこの住民が生活の必要上からぼつぼつと名づけていったものが、今日そこの地名として残っている。したがって、その地名を正しく理解することによって、その地名の古さもわかり、古い時代の住民の暮らし方や、ものの考え方がわかるのである。特に北海道の地名は、そのほとんどがアイヌ語に由来するものばかりである。

アイヌが名づけた地名は、故事に由来するような特別なものもあったが、そのほとんどは、その場所の地形や特徴を表したもので、たとえそこへ行ったことがない人であっても、アイヌ語がわかれば、その地名に表されている内容、内意によっておおよその地形などがわかるわけである。

明治以後の和人の来道によって地名の漢字化が進められ、そのほとんどがアイヌ語の地名をそのまま活かして表音化したもの(シラウオイ→白老、トーマクオマナイ→苫小牧など)あるいは表意化したもの(チュプペッ……陽の昇る方の川→旭川、イタンキ浜……お椀のような形をした浜→室蘭)のふた通りに大別されている。

特に、アイヌ語の地名になによりも著しく目立って表されるものは、地形、地物に対する古代の人びとの考え方である。古代の人びとは、山でも、川でも、木でも、岩でも、すべて自分たちと同じような生き物と考えていた。だから、川にも肉体があり、たとえば水源を「ペッ、キタイ」(川の頭のてっぺん)とよび、川の中流を「ペッラントム」(川の胸の真ん中)とよんだ。川はまた、夏やせもする。「サッテク・ベッ」という地名があるが、「サッテク」は「やせている」という意味で、川の水が夏に凅(か)れて細々と流れている状態を、川の夏やせと考えたのである。

ひとり川だけでなく、古代人の考えからすれば、山でも沼でも、いっさいの地形、地物は生物なのである。今後、開発が進むことによって、このような地名が安易に変更されるだろうが、道産文化として保存し、後世に伝えたいものである。

◎このずいそうを読んで心に感じたら、右のボタンをおしてください    ←前に戻る  ←トップへ戻る  上へ▲
リンクメッセージヘルプ

(C) 2005-2010 Rinyu Kanko All rights reserved.   http://kamuimintara.net