ウェブマガジン カムイミンタラ

1986年07月号/第15号  [ずいそう]    

「ローマの休日」のアパート
石塚 恭子 (いしづかきょうこ ・ 1級建築士)

今、木造のアパートの設計をしている。アパートの名前はまだついていないけれど、目下、私はひそかに「ローマの休日のアパート」と呼んで、思い入れている。

映画の中で、肩幅の広い新聞記者の住んでいたアパートのように、家と家の中を抜けるゲートと、それに続く中庭があるからだ。どの家も、この中庭からアプローチするようになっている。

若いカップル向けのアパートだから、部屋はそう広くはない。だから部屋の外―つまり、道路と自分の家の玄関ドアの間も、目いっぱい、自分の家の中みたいに感じられるようにしよう。で、ゲートと、それに続く中庭、という計画になったのだ。

中庭には、大きな木が欲しいところだ。枝が美しく張っていて、バルコニーや階段から手をのばすと届きそうなのがいい。春には花が咲き、秋には実がなって紅葉する、変化のある木がいいと思う。設計者としては、どうやって建設費から木一本分の予算をひねり出したものか、頭が痛かった。

が、先日、1ヵ月ぶりに敷地に立ち寄って、私は目を見張った。気にもとめていなかった片隅の立ち木に、ピンク色の花が満開だった。

木はすでにあったのだった。少し動かさなければならないようだが、きっとうまく根づいてくれると信じている。この仕事、どうもツイているみたいだから。

この木は「エゾノコリンゴ」という名前らしい。しかも、もうじき小さな赤い実をつけるという。子どもたちは、その実でママゴト遊びをするだろうし、小鳥もやってくるようになるだろう。

ところで、このアパートには11軒が住める。総2階建てなのに、なぜ半端な“11軒”かというと、道路に面した側の1階にある1軒分がゲートになって抜けているからである。道路側は北西向きだけれど、その抜けたところからは、明るい中庭が見える。来年の今ごろ、道行く人たちはゲート越しに、淡いピンク色のプリンセスをのぞくことだろう。

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