1970年の大阪万博で、カナダ館は総ミラーグラス張りの現代のピラミッドに収まっていた。四辺に切りとられたその中心部には大ポールが立てられ、その上で彩りあざやかな円盤がゆっくりと空に舞っている。円盤を見上げると、こま切れの空の青さが目に痛かった。設計は、カナダを代表する建築家アーサー・エリクソン。以来、エリクソンは私にとって長年のヒーローとなった。
その後、縁あってカナダ西海岸のバンクーバーで学生生活を送ったが、エリクソンの本拠地ということもあって、いつもその設計になる作品の多くを身近に感じて生活した。
大学が位置する半島の突端に建てられた人類学博物館は、特に印象深い。イングリッシュ・ベイをみおろす崖の上、入江に面して、吹き抜けの大ガラスの開口部が全面に配されている。
館の内部に置かれたウェストコースト・インディアンのトーテムポール群が、ガラス越しの海と山の風景と溶けあって、それは息をのむ美しさだった。エリクソンは、その土地の風土を巧みに建築に取り込み、同時に景観を際立たせる天才アーチストなのである。
そのエリクソンが、札幌にやってきた。今年の夏も終わりに近いころ、日本建築学会100周年記念大会のゲストとしてである。当日、打ち合わせに現れたのは、想像していたシャープで貴族的な大建築家のイメージとはほど遠い、小柄で温厚そのものの紳士であった。
講演の中で、エリクソンは最近の建築思潮の画一性を批判し、建築はその土地の持つ風土、文化を敏感に反映した姿に立ち戻るべきであると強調。北国では、南の地方との光の質の違いを考慮し、より詩的な想像力を必要とするだろうと指摘したのが印象に残った。
彼に北海道という素材を提供したら、どのように建築に表現するだろうか。今、北海道の景観に必要とされるのは、彼のような底知れないインスピレーションなのではないかしらと、その端正な横顔に見入りながら考えたものである。