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1987年03月号/第19号  [ずいそう]    

鉄道網
木原 直彦 (きはら なおひこ ・ 北海道文字館館長)

さきごろ古書店から求めた昭和10年発行の写真集『北海道風景』(小島大盛堂)のなかに、カラフルな「北海道名勝略図」が折り込まれていた。50年も前のその鉄道路線図を眺めていて、本道開拓の進展と軌を一にしてすでにかなりの鉄道が敷設されていたことが知れるが、驚いたのは、相当な数にのぼる未成線と予定線が書き込まれていることである。

日高から襟裳岬に近い幌泉経由で広尾まで、札幌からは日本海沿岸沿いに増毛まで、十勝の上士幌と上川とをつなぐ、といった具合なのだ。一番びっくりしたのは、ひところ騒がれた例のオホーツク本線がすでに想定されていたことである。これは、まったくすごい。まさに四通八達の鉄道網であって、それこそ北海道を満度に開拓するための壮大なプランだったのである。そしてそれは、鉄道の敷設が本道の開拓と1枚岩であったことを意味している。

この地図に刺激を受けて、手もとにある昭和48年に国鉄道総局が出版した「北海道駅名の起源』を引っ張りだしてみた。その巻末に「道内国鉄の開業年月日一覧表」なる地図が添付されているのだが、さきほどのプランに達していない路線が多いものの、このころが道内鉄道網の最盛期だったようである。そしてそれ以降は、周知のように新設は石勝線だけで、あとは廃線が相次いでいる。

そこで今度は現在の道内時刻表を眺める番だが、索引地図からはすでに胆振線などいくつかが姿を消している。この春には、さらに2、3の路線が消えてゆく。さらに名寄線などの長大4線はどうなるのか。それに反して、バス路線がどんどん増えている。これもご時世、といってすませておれるものなのかどうか。

そんなこんなで、10年ほどもデスクのガラスに挟んでおいた北海道地図を捨て、新しいのと取り替えた。急激な道路の新設と鉄道の廃止とによって実情にそぐわなくなっていたことを、おそまきながら気づいたからである。

それにしても、天下の国鉄が分割・民営になるなどとは、だれしも思ってもみなかったであろう。この先、どうなるのか。姿勢正しく軌道を走る鉄道―無軌道でない鉄道であり続けてほしいものである。

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