ウェブマガジン カムイミンタラ

1988年09月号/第28号  [ずいそう]    

空とぶヤギ
加藤 多一 (かとう たいち ・ 童話作家・稚内在住)

山羊は、一瞬だけど空を飛ぶ―これを発見しただけでも、山羊を飼ってよかったと思う。

原野に接している集落だけれど、隣家もある。ヤギを飼っていて第一にこまったことは、隣家のものを食うことである。それも大事にしているツツジとか花をつけ始めたサヤエンドウを、ずばり狙うのだ。

しかたがないので、小屋から出してつなぎに行くときは、ロープを短く持って彼女の自由を制限する。

そのかわり、原野歩き(散歩)に行くときは、途中からロープを外してやる。

ロープがない自由の貴重さは人間だけのものでないことが、実によくわかった。

もう子ヤギでもないのに、いっきに走る。助走しておいて、宙にとぶ。そのとき4本の足で空をけとばす。ふざけて、首をひねって、あとからついていく人間をからかったりするのも飛行中のことだ。だから少なくとも、人間が3回まばたきをする間くらいの飛行時間はあるのだろう。

ヤギの気まぐれぶりも大したものだ。

夕方、少し暗くなったころまで草原につないでおくと、帰りたがって人間を呼びたてる。

〈おおい、どうしたの。一晩じゅう置いておくつもりなのですか〉と、悲しげに呼ぶ。

あわてて連れ帰るのだが、ふと道のわきのペンペン草などを食って動かない。あれほど急いでいたくせに、そのことを忘れているのはこまる。こういうときは、尻のあたりをヤナギの小枝で叩いてやる。

最近、動物園に行くのがつらくなった。みんな悲しそうな顔をしているからだ。終身刑をいいわたされた野生のものたちが、私の方を見る。どうすることもできない私だ。

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