ウェブマガジン カムイミンタラ

1984年07月号/第3号  [ずいそう]    

斜面
中村 照子 (なかむら てるこ ・ 陶芸家)

4月下旬、東京のホテルで新聞を見ていると、「八王子のあるところの斜面にカタクリの自生地があって、今年も花を咲かせている」と、季節向きの写真を付けた記事があった。「あるところというのは、場所を明記すると人が荒らすのではっきり書けないのだ」とわざわざ断わり書きをしているのが私には面白かった。その自生地という場所のカタクリの花は、斜面にほんの僅かに点々とあるだけ、つまり東京の首都圏では、今は、この花の生き永らえている姿がニュースなのである。

すでに遠い昔の、大正初め頃の東京郊外では、カタクリの花はよく見かけたそうだ。札幌だって藻岩山すその丘陵斜面にはその群生があちこちにあった。しかし、今はマンションが立ち並び、ほぼ全滅してしまった。東京近郊では7、80年近くもたっているが、札幌ではわずか、この十数年間の変化である。ただよいことに、定山渓に行く途中の少し山側に入るとまだ群生の残っている斜面があるし、中山峠の旧道近くにはその宝庫のような場所がある。

その南向きの斜面には、いつも微風がそこだけ往き来し、カタクリの花々の様々な揺れがある。相性がよいのかシラネアオイのあの紫の花もともに見る。結構な花の構図である。

最近こそ新聞などで書かなくなったが、春のたべられる野草として「カタクリの若葉のテンプラ」などという恐ろしい記事があった。いたるところに群生していたから罪を感じなかったのであろう。ところが、もっと恐ろしいのは、深く根を掘りおこして庭に植えて花を眺めようという利己的庭園愛好者がいることだ。しかし、あの花は決してチューリップなどとは仲良くはしない個性派なのだ。植えても全部枯れるそうである。人見知りする花なのである。だからこそ、山野におかなければ…と思う。

いつの日か道内の新聞が“あるところに―”と書かないためにも。

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