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1989年09月号/第34号  [ずいそう]    

545433…
服部 十郎 (はっとり じゅうろう ・ 稚内漁業無線局長)

稚内漁業無線局は、北の海はじめ南太平洋・アルゼンチン沖漁場に出漁する各種漁船との無線通信に当たっている。厳しい漁業環境から、その動静などを知らせる電報内容は、当然暗号が多い。

過日、フォークランド沖のいか漁船に送る電報を整理していると、その中に、

「545433234、ヒロシ」というものがあった。宛名は漁撈長ではなく、個人名である。甲板員の方らしい。

6から9および0のない数字の羅列、この暗号はなんだろう。どの海域に好漁場があるという通知なのだろうか。港の相場かもしれない。いやいや株式か。まさか競馬の予想でもあるまい。とつおいつ考えてみたがわからない。

ま、どんな略号・暗号を作ろうと個人の自由だし、こちらはそれを正確に送ることが仕事なのだからと、そのまま船の方に送った。

翌日、ちょうど座ったワッチ台の席に、船からの通報が入ってきた。その内容を見た途端、疑問は氷解した。

「ドリョクシタナエライゾ。ナツヤスミワシュグダイサボッテモオモイキリアソビ、タイイクヲ5ニチカヅケルヨウガンバレ。チチ」

1年の期間をかけて地球の裏側の漁場に働く父親へ、子供が1学期の通知箋の内容を知らせたものだったのである。つまり、この子は、国語5、社会4、数学5、理科4、音楽3、美術3、保健体育2、技術家庭3、英語4の、たぶんクラスでは上位の成績である。

それにしては体育が弱い。父親は学力よりも伸びざかりの身体を心配しているのだろう。

漁船員という職場のために、父親不在の家庭であっても、この家族は緊密な絆で結ばれているに違いない。私は受信証を送った後に、思わずモールス符号を叩いてしまった。

「ヒロシクンワユウシュウデショウライガタノシミデスネ。タイリョウシ1ニチモハヤクサイカイサレルヨウイノリマス」と。

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