ウェブマガジン カムイミンタラ

1991年01月号/第42号  [ずいそう]    

伝説その後
坪谷 京子 (つぼやきょうこ ・ 児童文学者)

30年程前のこと、伝説を書いて、と言われて書き始めながら、ふと「はて、この恋の栃の木、何百年もたっている筈なのに、今でも生きているのかしら」とか「玄狐いなりのお堂なんてどうなってるのかしら―なくなっているならばそれはそれで、現在の状態を写真と共に書き加えておきたい」そんなことを思うとますます確かめずにはいられなくなったのです。そしてその場所に行ってみて、何度驚いたことか―。

岩の上に乗っている筈のえびす様がいなくてびっくりしたり、泣く木の伝説のあの大きなニレの木がなかったり、お地蔵様の立っていた場所が道路や住宅街に変わっていたり…。

松前の博知石(はくちいし)も、伝説ではこの石の洞穴に数人の漁師が入ってさわいでいたとあるのですが、目の前の石はふたかかえ程の石になって道路わきにちょこんと置いてる感じでした。

やっぱりそうか―この伝説の時代から僅か2、300年しかたっていない筈なのに―と驚いたのです。そしてそれぞれの伝説の後書きに、この現状を書き記しておいたのです。

さて、この旅から10数年たった去年(1990年)久方ぶりで松前の博知石を友達に案内しましたら、何と、石がないのです。びっくりして通りがかりの人に聞きました。「博知石? そんな石、聞いたことがありませんね」。そして2人目「知りませんね」。3人目がやっと「確か、この家の前の、この辺だったと思いますよ」と―。

“よかったね”、せめて石の跡地を写して―”。とパチパチやっていますと、1、2軒隣の家から奥さんが出て来たので、再び確かめましたら「博知石はうちの前の、こここです。この下にあるんです。道路拡張で、石の頭をくだいて、その上にコンクリをかぶせたんですよ。この通り…」。私たちは写真の手を止め、しばし呆然―。

伝説にはよくあることなのです。人間の頭も目も案外あてにならないものです。そして伝説でも民話でも自分の価値観で頭や尾っぽを勝手に変えて子どもに語って聞かせたりもします。場所なども、あそこらへん―などと。

開拓の新しい北海道の伝説はできるだけ正確に伝わることを願っています。

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