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1991年09月号/第46号  [ずいそう]    

人間の順応性
村崎 恭子 (むらさききょうこ ・ 北海道大学留学生センター教授)

「北海道は日本の一番北にあって、冬は一番長く、寒いところです。」というのは、日本語の初級の教科書にでてくる文章である。この北海道に私は8年前、東京から大きな決心をしてやってきた。北大の言語文化部で留学生に対する日本語教育の部門ができて、その教授として迎えられたのである。それまで私は、留学生に日本語を教えるという仕事を東京外国語大学で長年やってきたから、この同じ仕事を、もう一つの私の仕事であるアイヌ語研究のメッカである北海道でできるという好条件だったので、すぐ決断した。やはり、そのとき心配だったのは冬の寒さと雪であった。

はじめて赴任した私をまず、北大のキャンパスは、豪華な紅葉の錦で迎えてくれた。ついに北海道に移ってきたという安堵と責任の重さを快く感じる間もなく、すぐに冷たい重い冬がやってきた。冷たい雪の生活に慣れない私にとって、やはり最初の札幌の冬は過酷であった。

学生の方はもっと大変だったろう。雪など見たこともないアジア、アフリカの国々から北海道に来たのだから。しかし、この冬の生活を一度経験してしまえば、もう大丈夫だ。元気に勉強している学生たちを見て今、私は思うのだ。

北海道のような北の僻地に配置された留学生はかわいそうだと思うのは、東京のような雑踏の中心にしか住んだことのない人たちの浅はかな偏見である。いろいろな事情から北海道で学ぶことになった留学生たちは、豪雪、寒さ、食文化の違いなどの難問をひと冬の経験で見事に克服し、南の国の学生でさえ、6ヵ月の日本語研修期間を終えるとすぐ国から妻子を呼び寄せ、一家共々雪の北国の生活を楽しみながら勉学に励んでいる、というのが実情だ。

「住めば都」とはよく言ったもので、人間というものは今までとはまったく異なる環境でも、ひと通りの経験を経れば、思ってもみなかった別の快適さがわかり、すぐに新しい生活に慣れ親しんでしまうという趨勢をもっているのである。東京以外には住んだ経験のなかった私も、今では体がこの気候に慣れてしまって、たまに東京へ行くと寒くて風邪をひいてしまうという始末だ。これは、人間の順応の効用か、それとも北海道の自然の包容力のなせる技か。間違いなく、それは両方である。

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