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1991年11月号/第47号  [ずいそう]    

花咲半島の冬
鳥居 省三 (とりい しょうぞう ・ 「北海文学」主宰)

仕事で近郊に出かけることが多い。列車かバスで行くのだが、なんど見ても納得できかねる景観とか、変に感動してしまう素朴な風景をみていると、なぜか地球の有難さみたいなものを感じてしまうのだ。

根室線も別当賀、落石のあたりを列車で通るとき、なーんにもないということが、反対にひどく豊饒な想いをめぐらせてくれる、すばらしい素材であることに気付く。花咲半島は落石駅付近のくびれた狭いところで、太平洋とオホーツク海との間の距離は4キロメートルくらいしかないのではないか。その狭い半島の背のところを列車は通るのだが、冬、ある場所を通過するとき、ごく短い時間だが両大洋を同時に眺め渡せるところがある。そのとき、瞬間的かもしれないが、太平洋の蒼い海と、結氷して凍原のように見えるオホーツク海とが同時に見えて、何か自分のいるところが間違いではないかと思われるほど、不思議な光景として眼に焼きついてしまうのだ。

冷静に考えてみても、二つの大洋を同時に眺めることのできるところは地球上に幾つもあろう。が、蒼い波と白い氷海がこういう風景として見ることができるのは、この地球上にほかにあるだろうか。ずいぶん前の話だが、元気だったころの作家の平林たい子さんと、この近辺を小旅行に出たときその話をしたら、冬にもう一度、どうしても来て見たいと語ってひどく驚いていた。結局、果たせなかったのだが―。

近年、道東では、地の果てが見えるとか円い地球が実感できるとかで観光の宣伝に幾つかの地域が話題になっているが、この両大洋が眺められる冬の花咲半島のほうが、はるかに地球の物凄さとか自然の絶妙さを感じさせてくれると私は思っている。しかし、観光の素材としては何か物足らないのだろう。なにせ、ほかになーんにもないのだから。そんな賛沢な観光客がいたら、お目にもかかりたくない。こちらは、ひそかに楽しんでいる。

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