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1984年11月号/第5号  [特集]    津別

豊かな郷土の資源から使いよくて美しく愛着が深まる木工芸品をつくりたい
ウッドクラフト=木工芸

〈ウッド・クラフト=木工芸〉を見なおし、新しいものをつくり出そうという動きが、道内各地でみられる。

「工芸品とは、使用する目的をもった美術品」とある彫刻家は言っている。つまり木工芸品とは、木でつくられた美術品であると同時に、使いよくて美しく、手ばなしがたい愛着が起こる用具、ということであろう。木材の生産地である北海道の各地から、このような木工芸品がつくり出されていくなら、それはどんなにすばらしいことだろう。期待するところは大きい。

そんな思いを抱きながら、新しい動きを見せる町の一つ、道東・津別町を訪ねた。

9月にオープンした〈つべつ木材工芸館〉は

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9月20日、道東・津別町に「つべつ木材工芸館」がオープンした。

豊かな森林資源に恵まれ、木材生産日本一を誇る同町が、その緑をさらに守り育て、同時に、すぐれた木工芸品、木製品を生み出していこう――その活動の拠点という大きな期待がこめられているのが、この木材工芸館である。

鉄筋2階建て、870平方メートル。大地に根をはり、力強く空に突き上げている3角型の屋根。前面にガラスと鉄の壁面がそそり立つという近代的なデザインが、カラマツのあたたかい質感の外装材とよく調和している。

館内に足を踏み入れて、まず目をうばわれるのが「見本林」。12本の巨木が、十数メートルの高さの吹きぬけ天井をつらぬいている。あたかも、深い山奥の森を思わせる。その傍らには樹種見本。町内の森に生えている樹、41種類。直径24~5センチ、高さ75センチにそろえて、ずらりと並んでいて、樹皮の色合いや形状、切り口からは木質や木肌、木目のちがいがよくわかる。樹種によって、木は、それぞれがこんなにも豊かな表情をもつものかと見とれてしまう。

ユニークなのは蝶の標本。町内に生息する83種類を、生息分布図をそえて展示している。蝶ほど、ある樹種があるかないかで生息が制約される生物はいない――つまり蝶の分布は、樹種の生育分布を敏感に示しているからだという。

そして、もう一つの目玉は、町内で製作されている木工芸品、木製品の展示。合板、ドア、家具などの大物から、同町がこれから育てていこうとしている木工芸品…。

即売コーナーには、木工芸品――壷、盆、玩具、民芸品、数十点が並んでいる。

森林から木材、木工芸品まで――木に親しみ、木を見つめる目をトータルにつちかってほしい、さらには、地場産業の育成、観光・PRのセンターとしての役割も…というねがいが展示品一つひとつから伝わっているようだ。

木のまち・津別町 街には木の香りがただよう

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津別町は、北見市の東隣り。緑の山々に囲まれた盆地に広がる。町の面積の9割、6万3千ヘクタールが森林。主産業は林業、木材業という「木のまち」である。

市街地の周辺には、あちこちに原木が積み上げられ、木工場からの木の香りが街の中をただよう。

木材生産量は年間23万立方メートル、出荷額が130億円で、木材生産日本一を誇っている。樹種は針葉樹、広葉樹ともに豊富である。針葉樹ではイチイ、広葉樹では、他地域で見られなくなってきているナラ、セン、タモ、エンジュといった原木がまだまだ産出されているのが特色。

木工場は16工場。東洋一の合板メーカー・丸玉産業(株)の本社・工場をはじめ、製材、家具、挽きもの、民芸品製作、経木から成形合板といった新しい分野まで、数多くの設備が稼動している。

まず町がリードして人を集め、施設をつくる

「あたたかい肌ざわりなど、木の持ち味が見直されてきている時代に“木のまち・津別”が製材やチップだけを出荷するのではもったいない。民芸品や生活用具を、木を生かしてつくりあげることができないだろうかと考えたのが最初ですよ」と語る小南甲三・津別町長。

津別町での新しい動きは「ウッドクラフト運動」と名づけられ、まず、町がリードして始まった。

「私も、ヨーロッパなどをいろいろ見て歩いたが、木工芸は、各地にユニークでいいものがたくさんあるんです」

イメージ(木製のツボと優勝カップ)
木製のツボと優勝カップ

「原材料は豊富、関連工場も多い。木材集散地として競争力もある。そこで、木工芸を中心に、思い切って施設を作って、関連業者の方がたに利用していただくことにしました」

1982年(昭和57年)に、町内7社が集まって、津別町木材工芸協同組合(木芸協)を発足させ、翌83年(昭和58年)には同協組の「木材工芸品加工センター」が完成する。コンピュータ制御で、手作りならば半日かかる仕事を2.3分でやってしまうNCルーターをはじめ、新鋭機種22台がそろっている共同利用施設である。

「残る問題はデザインですよ」と小南町長はつづける。

「津別町ならではの木工芸品であってほしい。であればなおさら、良い材料と加工技術に、良いデザインがなければなりませんからね。そこで、札幌の煙山泰子さんにプランをお願いしました」

煙山さんは、札幌にKEM工房を開いて6年。1981年(昭和56年)に日本デザインコミッティ主催のデザインフォーラムに、木で作ったニンジン、ジャガイモなどの野菜シリーズを出品、金賞を受賞しているクラフトデザイナーである。

そして、いま、煙山さんの提出したプランとデザインにもとづき、木芸協の手によって〈木のつべつの木・KEM〉ブランドの遊具、インテリア小物が、すでに5シリーズ・20点、つくり出されている。

木工業者は協同組合を結成次つぎと生み出される新製品

「私たちのねらいは、原木生産の町で、高度加工をしていくこと。小木工産業と位置づけて、3本柱で取り組んでいるところです」と語るのは、木芸協の伊藤市郎理事長。

その1つは、同町でこれまで作ってきた木工芸品の高度化。かたくて割れにくい、しかも木目の美しいエンジュで作った壷は高さ20~30センチ。シンプルな形、素材の持ち味が生きている。技術的にむずかしい壼の内部のくりぬきも、決して手ぬきはしていないという。さらにこの技術で木製の優勝カップをつくり出している。

集成材を生かしたお盆、茶托、茶わんなどの生活用具。地元のデザイナーの制作による木彫りのキツネ、アクセサリーなどの観光土産も…。

2つめには〈ウッドワークー109〉ブランドの、ヤング向け感覚の家具。規格寸法に外れたカラマツ材を使って価格をひき下げ、素材の白を生かしたデザイン。ナラ材を使ったものも加わって、いま19点。北見東急と提携して、全国の東急百貨店系列に商品展開を計画中という。そして3つめが、〈木のつべつの木・KEM〉ブランドである。

〈木のつべつの木・KEM〉ブランドは5シリーズ20点

「昨年の秋、津別町からお話があった時、これはよい仕事をさせてもらえそうだと思いました」と煙山さん。

「クラフトデザイナーとしてみた津別町は、原材料の豊富さ、集積された木工技術と設備、そして、みなさんの積極的な考え方など、とても魅力的でしたから…」

イメージ((左)タマコロファミリー (右)カタカタ)
(左)タマコロファミリー (右)カタカタ

〈木のつべつの木・KEM〉ブランドで最初につくられたのは〈タマコロ・ファミリー〉シリーズ。木の玉でできた手足は曲げたり、伸ばしたりできる。小さな二つの穴が目。突き出した鼻。お父さん、お母さん、子どもたちがそろっている。

イメージ(くるみコロコロ)
くるみコロコロ

〈くるみコロコロ〉は、中に本物のクルミの実がはめこまれていて、乳幼児にも安心して遊ばせられる。〈カタカタ〉は、振ると、木がぶつかり合う澄んだ音が優しい。

これら遊具はどれも木の材質を生かす一方、動かしたり、音を出したりできるよう工夫してある。

「よく出産祝いなどに使ってくださるんですよ。子どもたちの歯型がついたり、少しぐらい汚れても、その子たちといっしょに成長していく遊具になってほしいんです」

イメージ(ヒメマスのカッティングボード)
ヒメマスのカッティングボード

〈カッティングボード〉は、津別町・チミケップ湖にヒメマスを放流した記念に作られた。魚型で、1匹だけのものと、2匹を組み合わせられるものの2種。テーブルに置いてカッティングボードとして使うほか、壁にかけてインテリアとしても使えそう。

イメージ(ニワトリの器と木のタマゴ)
ニワトリの器と木のタマゴ

〈ニワトリの器〉に入っているのは〈木のタマゴ〉。真白いのはエゾマツ、茶色はサクラ、赤っぽいのはイチイ。すべすべに磨かれた表面にはそれぞれに美しい木目。本物のタマゴと同じ大きさなのに、手にとってみると木によって、重さがちがうのがよくわかる。

このタマゴを子どもたちにみせると、みんな、タマゴにほほずりするという。

「もし、これがプラスチックで作られていたら、ほほずりなんかしないと思うんです。木だからこそ、なんですね。木は、人間ととても仲良く暮らしていける素材なんです」

小学校、高校でも子どもたちは木工に取り組む

津別町内の学校では、授業時間に木工を取り入れ始めている。

本肢(ほんき)小学校の堀強正先生は最初はどうなるかと心配したこともあったが、今は、子どもたちに驚かされることの方が多いという。

「今年から僕が担任している3、4年生の図工の時間に、木トンボを作らせてみたんです。はじめた頃は、3年生の半分くらいはカッターも上手に使えなかったのが、今では、ほかのいろんな道具にもかなり慣れてきましたよ」

今の子どもたちは自分で考え、自分で作ることが不得手だとよくいわれている。堀先生も、その点を懸念したこともあった。しかし、実際の作業に入ると、作品はバラエティに富み、子どもたち自身も図工の時間を楽しみにするようになったという。

「誕生会のプレゼントにも、自分で作った木の小物を持ってくるようになりました。木工は、これからも授業にぜひ取り入れていきたい。来年はゲタを作ろうか、なんて考えています」と意欲的。

この誕生会のプレゼントというのは、お金を出して買った物ではいけないことになっているそうだ。学校内ばかりでなく、家庭でも、子どもたちが、父親の大工道具を借り出し、どう作ろうかと首をかしげながら木工に取り組んでいる姿が目に浮かぶ。

津別高等学校では、クリエイティブ・タイムに、表札づくりを始めた。

イメージ(おねだりキツネ)
おねだりキツネ

「私たち教師にとっても、生徒たちといっしょのスタート。試行錯誤の繰り返しなんですよ」と笑いながらも、「生徒たちがそれぞれの創造性を生かして、木を生活の中に取り入れるようになってくれれば」と富田護先生。富田先生自身にとっても、身のまわりにある生活用具を見ては、これが木で作られたものであったらいいのに、と思うことが多くなったという。

「木で作られたモノには、やはり、人の手で作られたモノだという感慨深いものがありますね。道に木片が落ちていても、これで何が作れるかな、なんて考えてしまう。以前には目にもつかなかったのにですよ。きっと生徒たちも同じ思いをするようになるのではないでしょうか」

つべつ木材工芸館のオープンに合わせて「第2回町民ウッドクラフト懸賞」の審査がおこなわれた。

小学生の作品は、木芸協が試作した教材セットを使ったもの。グループ合作の「公園」といった大作から「飛行機」「郵便受け」とさまざま。

このような数多くの取り組みの中から、木の良さ、大切さを身につけた子どもたちが育っていくにちがいない。

まだ歩み始めたばかり。でもいいものをじっくり作っていけば

津別町の木工芸品にたずさわる人びとの展望は明るい。

「ライフスタイルが変る中で、木製品加工の分野でも、素材を生かした、ていねいなモノづくりが求められるようになっている。地味ではあるけれど“本物指向”をつらぬいていけば、販路、需要開拓の道は開ける」と日下太朗・町林政係長。

イメージ(ウッドワーク109シリーズの家具)
ウッドワーク109シリーズの家具

「世界的に有名な玩具・インテリア小物のメーカー、デンマークのカボイセン、フィンランドのアーリッカ、スイスのネフを見学してきましたが、いずれも、決して大産業ではありません。その後、カタログをとりよせてみても、製品はとくに増えていません。いいものをじっくり作っていくことで、発展していけると思います」と語るのは煙山さん。

そして伊藤理事長はこう結んだ

「まだ歩み始めたばかりのわたしたちの任務は、まず、よいものをつくっていくという要求にこたえられるだけの技術者の養成。それは、地元に若者の働く職場をつくることにもなります。課題は大きいんです」

北海連産の主な樹木の特徴と用途

イチイ(イチイ科)
日本各地に分布し、北海道では東部に多く、オンコやアララギとも呼ばれている。心材は美しい紅褐色で、成長が遅いので年輪幅は狭く、均一。肌目は緻密で光沢があり、やや重硬だが通直な木理なので加工しやすい。床柱などの装飾的用途が中心であるが、腐りにくいことから風呂桶、水桶等にも使われた。

トドマツ(マツ科)
エゾマツとともに北海道の代表的針葉樹である。肌目は粗いが木理は通直で、割合いに軽く切削などの加工は容易。辺材、心材ともに黄白色で、建築材、器具、包装材、パルプ材、その他に広く利用されている。

ミズナラ(ブナ科)
材に多量の水分が含まれていることから、和名は「水ナラ」。重厚で落着いた褐色の材である。柾目面で、虎斑(とらふ)と呼ばれる模様が特徴。重硬、強靱で加工はやや困難。高級家具材、装飾用合板、ウイスキーの樽などに使われる。

ハルニレ(ニレ科)
エルムという英名で、北大の構内のものが有名。木目が粗く、中心部はくすんだ褐色、回りは褐色をおびた灰白色で、光沢はないが割れにくい。内部造作材、たんすなどの家具材、椀、盆のような旋削材、楽器(太鼓の胴、ピアノの脚)、彫刻材などに使われる。

イタヤカエデ(カエデ科)
日本のカエデの中では大木になる種類で、やや重硬な木材で粘り強さがあり、切削などの加工はやや困難。桃白色から淡桃褐色をしており、割れにくい。肌目は緻密で繊維の屈曲も多く、特有の絹糸光沢がある。バイオリン・ギターの裏甲板、スキー、ラケット、ボーリングのピン、その他、用途は多い。

センノキ(ウコギ科)
粗い目と白く反射する繊維による板目模様が美しい材である。中心は淡灰褐色、回りは淡黄白色をしており、材質は軟かく、狂いが少ないので細工物に適している。内装用建築材、合板、野球用バット、彫刻材、家具材など広く使われている。

シナノキ(シナノキ科)
北海道に多く自生しており、広葉樹材の中では軽軟で年輪は不明瞭。肌目は精緻で木理は通直、淡黄褐色から淡黄白色をしている。曲り、狂いも少なく加工は極めて容易で、ラジオ、テレビ、ステレオのキャビネット、合板、家具、彫刻材と需要も大きい。

ホオノキ(モクレン科)
緑色を帯びた独特の色合いで軽軟、均質な材である。木理は通直で光沢はない。狂いは少なく加工も極めて容易で、家具、楽器(ピアノの鍵盤)製図板、木版画材、寄木細工、下駄歯などが知られている。

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