ウェブマガジン カムイミンタラ

1984年11月号/第5号  [ずいそう]    

秋の果物
伊藤 倭子 (いとう わこ ・ 版画家)

秋はやはり、いろいろな果物が店頭で豊富に出回っているのを見かけるのだが、私の子供のころには見たこともないような、洋風の果物もずいぶん見られるようになってきた。真っ赤なナシとか、緑の小粒のナシもでてきて色や形は私の食欲をそそるのだが、甘みはあっても香りのないのはどうしてなのだろうか。私の2年間のフランス滞在はもう十何年か前のことになってしまったが、市場で山積みされた果物があたり一面放つ香りをいまでも忘れることはできない。

ニースに住んでいる姉夫婦の家の庭の緑色のブドウは、手入れされていないのに秋には甘さと香りをたたえて私たちをたのしませてくれていたし、マドリッドで食べた大粒の黒いブドウは皮もやわらかく、種をかみくだいてみんな飲み込んでしまうのだが、甘い香りと種の渋味とが調和して、なんともいえないものだった。日本の巨峰は大粒で甘いが、皮をむかずに食べられないのは残念である。暑い陽ざしのトレドで食べた冷たいメロンのみずみずしさと甘みと香り、日本のメロンの3倍もの大きさは、のどの渇きを癒すのにじゅうぶんだった。暑さといえば、ローマの露店で食べたスイカ。歩き疲れて、貧乏人しか食べないと悪口を言われているスイカにとびついたときのことは忘れられない。

南仏の農家の庭になっている小さな、真っ赤なリンゴはところどころ虫のあとがついていても、甘さと香りのすばらしさは、最近でている姫リンゴなどとはくらべようもない。

ニースの郊外でよく見かける黒いサクランボが店頭に山積みされると、そのおいしさに誘われて、冬のパリの町角の焼き栗のように、いくら食べてもとまらずに口じゅうを真っ黒にしてしまい、ひと前にでるのもできなくなってしまったことも思い出されて、懐かしいばかりである。

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