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1994年01月号/第60号  [ずいそう]    

名医と良医
松本 脩三 (まつもとしゅうぞう ・ 北海道大学医学部教授)

大昔の名医は、藩医・町医いずれの中にもわずかずつ存在し、いまに語り継がれている方々のあることは周知のとおりである。近世に入り、大学に医学部が設置されてからは、昭和30年代に至るまで、大学教授の中に名医といわれる人びとが数多く輩出された。それというのも、名医とは、いつも見立てのよいことが第一条件であり、したがって難しい患者を誰よりも数多く診ている点で、教授連中には他の医者に較べて一日の長があったからにほかならない。北海道ですれば、例えば内科の有馬英二教授、中川諭教授とか、札幌市立病院の林敏雄院長などがそれに当たり、小児科の弘好文教授や外科の柳荘一教授なども、古い話であるが、ひと頃の数少ない名医として私どもの頭には残っている。しかし、昭和も30年代の後半に入るにつれて、次第に名医の数が減少した。40年代の後半になると、名医という言葉の感覚自体が世の中から姿を消し、それに代わって専門医という言葉が随所にきかれるようになった。専門医制度の台頭である。

つまり、1970年以降の医療をとりまく科学技術の急速な発達は、診断という思考の作業から神秘的なものをすべて駆逐し、ひと頃の名医よりも、大学を出てまだ10年にも満たない専門医のほうがはるかに早めに、しかも的確な見立てを下せるようになったからである。このことはとりも直さず、臨床医学が科学として確立されたことにほかならず、喜ぶべきことであるが、昔の人が名医を求めた同じ気持ちが、いまはより良い専門医に求める気持ちに代わりつつあると言えるのかもしれない。医学が科学であればそれは当然で、工業技術の領域で名工の必要性がうすれたことと規をいつにする現象といえよう。

しかし、昔も今も変わらないのは良医を求める社会の要望である。医師の倫理観がさかんに求められる現代では、むしろ良医を求める声は昔よりもずっと強いのがいつわらざる現実である。

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