ウェブマガジン カムイミンタラ

1994年01月号/第60号  [ずいそう]    

全板連小樽大会を終えて
村井 瑞子 (むらいみずこ ・ 村井板金(有)専務)

「ようこそ小樽へ来ていただきました。全国から4千名を迎え、ただ今から第45回全日本板金工業組合連合会全国大会を開催いたします」――大会長を務める夫・村井博のちょっとうわずった声が、満員の小樽市立体育館に響いた。

五月晴れとはいかなかったが、全国各地からの人の波が体育館を埋め、裏方で接応に追われる私の気持ちの中にまで“ホッ”とした明るい日が差した。

振り返ると、一つの企業経営を2人で責任を負いながらも子育てが終わり、夫は夏はゴルフ、冬はスキー、そして北海道金属板工業協同組合連合会の理事長を12年にわたって務め、何かあればすぐ東京、札幌へと出かけて行き、私のほうも北海道中小企業家同友会小樽支部の役員や他の婦人団体、また踊りの会と、これまた忙しく走り回ってきた。

夫は語る。「これまでの全国大会は、ほとんど県庁所在地で開催された。今回、小樽で開けたのは“もう年だから、これを花道に、後進に道を譲れ”という温かい配慮があったから。これからは、少し暇になるな」。答える私「あんたが暇になって困るのは私よ。家にばかり居られると、私が大変なの」。まさに“亭主元気で留守がよい”といかなくなったのが、私の悩みとなった。

さて、この全国大会を終えて、先にダウンしたのは夫のほう。バイクに乗っての転倒で、肋骨を折り、入院。でも、1週間で退院することができて安心していると、こんどは私が膝の故障で3週間の入院となってしまい、どうも似たもの夫婦のようだ。

夫が語る。「おまえ、ボケるなよ」。私は言い返す。「しっかり勉強していて、ボケるわけないわよ」。

2人で暮らしながらも、たえず外の世界に目を向けていきたいものと、この頃はしみじみと考えている。

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