北海道の冬は鍋料理の季節だ。殊にナベコワシは鍋料理の絶品だが、道外の人は初耳だろう。ナベコワシは北海道方言でカジカのことだが、本州の川にすむ河鹿ではなく、京都や北陸のゴリ、関東のハゼと同類の魚だ。
私が初めてナベコワシを食べたのは今から50年も前。当時、道南の漁村・鹿部村の小学校に勤めていたころだ。温泉旅館に下宿して、上げ膳、据え膳の生活をしていた。ある時、朝食の膳を下げに
――オヤ、先生、ナシテ(どうして)オツユ残したの。
――魚入ってるから。朝、精進だもの。
途端に女中が吹き出して、
――精進だなんて、今ごろ坊さんだって魚食ってるよ。魚汁食わねなんてゆったら、浜で食うものネベサ(無いでしょうよ)。
――この魚、何さ。
――カジカさ。これンメンダヨ(うまいんだよ)。オッキタ(大きな)鍋で炊いても、ンメもんだから、ヤンシュダヂ(漁夫たち)喜んで鍋壊れるほどかき回して食うので、鰊場ではナベコワシって、カジカバ(を)ゆうんだよ。
この話を聞いた翌日の夕食、ナベコワシが出た。勇気を出して一口吸うと、うまい。中にカジカのブツ切りとイモ、大根、それらにだしがしみて味は正に最高。酒には実によく合う。それからすっかりナベコワシ党になった。ただ、ナベコワシはいつでも食えるわけではない。雪のちらつくころから4月初めくらいの間、カジカが産卵のため浅瀬に来る時期だけ。
最近、スキーツアーで来道する人たちは壮大な雪景色とスキーを堪能するだけでなく、ぜひナベコワシを賞味することをお勧めしたい。ただし、気取ったホテルや食堂にはない。函館朝市や港町の居酒屋で、ぜひナベコワシの豪快な味を満喫してお帰りください。