ウェブマガジン カムイミンタラ

1994年05月号/第62号  [ずいそう]    

亀甲墓と重力法則
堀 淳一 (ほりじゅんいち ・ エッセイスト)

暮から正月にかけて、沖縄・八重山の島々を歩いてきた。

目的らしいものは、別になかったけれども、行く前にたまたま「風水・気の景観地理学」という本を読んでいたので、何とはなしに亀甲墓に眼が向いた。

沖縄に多い亀甲墓は、うしろが亀の甲のように盛り上がり、その両側から亀の甲の部分と前庭とをひとまとめに囲むような形で壁がつくられ、壁の最前部が開口して庭への入口になっている、という形の墓だ。墓室は亀の甲の前、前庭の奥の中央に置かれる。

風水思想では、この亀甲墓によく似た形の地形(亀の甲が山、壁が尾根)の、墓室にあたるところに都、集落、住居、墓などをつくるのがよい(いま風にいえばアメニティがいい)とされる。亀甲墓の形自身も、実はこの思想に則ったもの。こういうところが御先祖様にとって住み心地がいい、というわけだ。

その理由は、前記のような場所が「気」の流れがよい、ということ。「気」とは何なのか分らないが、そういうところが居心地がよさそうだ、という一種の美意識なのだろう。たしかにそれは、景観的に落着きのいい、「美しい」ところだ。

そんな非科学的な、といわれるか? しかし、科学の底にも、そんな美意識があるのだ。たとえば重力は距離の2乗に逆比例するという法則の場合、2乗でなければならないという必然性は、論理的にも実験的にもないのである。2.000001でも1.999999乗でもいいのだ。にもかかわらず2乗とするのは、それがピッタシで美しい、という美意識以外の何ものでもないのである。これと風水思想の美意識と、どこが違うのか。

重力が距離の2乗に逆比例しようが、2.000001乗に逆比例しようが、われわれの実生活には関係がない。しかし町や住居のアメニティのよしあしは切実な問題。美意識なぞ非科学的、と切り捨てではいけないのだ。

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