日本列島に記録的な猛暑が襲いはじめた7月26日、緑陰豊かな北海道大学構内の学術交流会館に国の内外から研究者が集まり、「第15回アメリカ研究札幌クールセミナー」4日間のプログラムの幕が開かれました。今年のテーマは『メディアとアメリカ社会』。招へいした特別講師は、カリフォルニア・バークリー大学のトッド・ギットリン教授とハーバード大学のフィリップ・フィッシャー教授、現役ジャーナリストのジョナサン・ラウチさん、そして日本側から放送教育開発センター加藤秀俊所長の4人。参加者は在札大学はもとより、沖縄から青森まで本州各地の大学からアメリカ研究のエキスパート、大学院研究生など約90人、韓国からも3人の専門家が参加しました。前半の2日間は、特別講師によるオープンレクチャーとオープンフォーラム。後半の2日間は3つのセクションミーティング。そのほとんどが英語で、きわめて学究的な論議が展開されていました。
このセミナーを主催した北海道アメリカ学会の会長、片山厚さん(北海道大学言語文化部教授)は「アメリカのメディアは、発達の初期から政治に大きな影響力を発揮してきました。現在も、大統領選挙のときなどはマスコミの利用が強力な戦略として位置づけられていますし、湾岸戦争のときの衝撃的な影響力なども世界の人々から注目されました。そうしたメディアの抱えている問題を政治学などのスペシャリストと現役のジャーナリストが同じテーマで、ひとつのテーブルを囲んで論議したのです」とふり返ります。また、セミナー実行委員会の事務局長を担当し、マスコミでの活動も多い山口二郎さん(北海道大学法学部教授)は「近年、日本の政治もメディアとのかかわりが深くなってきています。日本の政治や社会はアメリカの後追いをしている面があるので、両国のメディアの状況を比較したり、最近の日本の政治とマスメディアのかかわり方などを理解するうえでも、おもしろい論議になりました」と話しています。
札幌クールセミナーが最初に開かれたのは、1980年(昭和55)のことでした。当時、北海道大学の現役教授だった鈴木重吉(英米文学)、石垣博美(経済学)、小川晃一(政治学)の各氏らが中心になって発足しました。財政的な支援は日米友好基金のほか、現在はアメリカ研究振興会、日本学術振興会、北方圏センターなどの協力も得ています。
北海道アメリカ学会の生みの親のひとりである石垣博美さん(北海道未来総合研究所所長、北海道大学名誉教授)は「アメリカは多様でダイナミックな超大国で、わかりにくい国です。そこで、アメリカの文化・文明にかかわる長期的な問題を政治、経済、文学の領域を踏まえて、大勢の人が総合的視野で研究しようということでした」と発足の主旨を話します。
「米ソ冷戦時代、日本の地域研究はソ連に顔が向きがちでした。むろん、アメリカ研究はアメリカ文明論をはじめ、政治、経済、文学など個別の領域でおこなわれていました。しかし、それだけではあの大きく雑多な、そして無数の問題をはらんだ国家をじゅうぶんに理解するのは困難です。やはり、総合的に勉強しなくてはいけないという思いが研究者のあいだにあって、日米の専門研究者を集めたディスカッションの場をつくりたいということだったのです」と片山さんも、その背景を語ります。
当時、日本のアメリカ研究としては戦後まもなくから京都でセミナーが開かれており、すでに30回ほどつづいていました。これは学者を中心として、できるだけ一般の人も数多く参加できるものにとつづけてきたのですが、やや勢いを失いかけていたということです。それだけに、アカデミックな色彩は強いのですが、セクショナリズムを排した横断的な研究集団の誕生は、研究者のあいだに期待をもって迎えられたのです。しかも、京都セミナーはまもなく幕を閉じたので、札幌クールセミナーは、その後、日本はもとよ闊齊桙ヘアジアで唯一の研究セミナーとなったのです。
札幌クールセミナーは第1回の1980年7月いらい、毎年ひとつずつテーマを選んで研究をつづけています。
第1回の「ハイフン付きのアメリカニズム」はジャパニーズ・アメリカ、チャイニーズ・アメリカ、メキシカン・アメリカなどとハイフンが付いて呼ばれる移民グループがアメリカ社会でどのように処遇され、適応しているかを研究したもので、「アジアグループの移民増加を背景にしながら、アメリカの移民政策、人種差別などマイノリティーの問題を考えるものでした。その後、ロスアンゼルス・コーリアンタウンで暴動が起こった。この問題は、時折噴き出す、多民族国家アメリカ社会の永遠のテーマなのです」と石垣さん。
第2回以降、毎年とりあげるテーマは、「アメリカ人のヨーロッパ像」をはじめ、合衆国憲法、戦争、家族、宗教、教育、都市問題、階級意識、消費文化など。いずれも400年という短い歴史のなかで、高い理想を掲げてエネルギッシュに新世界建設にまい進し、高度に文明を発達させてきたアメリカ社会に内包する栄光と矛盾を、今日的な視点で追究するものでした。
「しかし、アメリカ研究をしているといえば、日米摩擦問題をなぜとり上げないのかという意見が毎回のように寄せられます。それは政府レベル、民間サイドで対応している問題であり、札幌クールセミナーではそうしたカレント(今日的)なトピックスよりも、長期的にみて日米関係とはどうあるべきかを総合的な視野から、多部門分析を積み重ねて研究していくものにしているのです」と石垣さん。片山さんも「このセミナーは、一種のアメリカ文化史を全体的に、モザイクにして創りあげていくものだと考えています」といいます。
札幌クールセミナーの特筆すべき特色は、毎年招へいする講師陣がアメリカ第一級のスペシャリストであることです。
「みなさん、ふだんから会ってみたいと思っている優れた学者を囲んで、4日間、密度の高い研究会を期待しているので、セミナーが終わって次の企画をたて、テーマが決まると、だれを呼ぶかを考え、交渉するのはけっこうたいへんな作業です。しばらくは来年のクールセミナーに集中しなければなりません」と山口さん。
アメリカの大学を話題にするとき、必ずといってよいほど多くの人の口を突いて出てくるのが“アイビー・リーグ”。アイビー(つた)がレンガ建ての学舎の壁にからまる、伝統と権威を誇るアメリカ北東部の名門校を指すのですが、札幌クールセミナーに招へいされる学者の多くはハーバード大学やエール大学をはじめとしたアイビーリーグ大学や西海岸のカリフォルニア大学、その他の名門校の教授が多いのです。
「私も第4回ごろから特別講師をお願いする役目を担当しましたが、そのころは長々と説明する必要がありました。最近は、これまでの実績と名簿の一覧をお送りすると、こんな先生がやっているのなら、ぜひ私も参加させてほしい、という返事をいただくまでになっています。アメリカの大学ではかなり高い評価をいただいていて、学者のあいだでは札幌クールセミナーに出席することがひとつの評価の対象にさえなっているらしいのです。会員はそれぞれに人脈を持っており、出席してくれたアメリカの学者からも紹介してくださるので、毎回、優秀な講師をお招きすることに不安はなくなっています」と片山さん。
いま、セミナーのオープンレクチャーは英語でおこなわれています。しかし、初期のころは日程にも余裕があり、それぞれに同時通訳がついていました。
その最初から通訳を担当していたのが吉田がよ子さん(北星学園女子短期大学助教授=英米文化)です。「同時通訳は8年くらいつづけさせてもらいました。通訳といっても、ふつうの講演会のようなものではないのです。政治、経済、文学の領域ではそれぞれ巨人的な学者たちの話ですし、日本の人たちもその分野の専門家ばかりですから、百科事典のような知識と語学力が必要なのです。それはたいへんなプレッシャーでした。それだけに、通訳した分野はぜんぶ身につきました。いまになってみれば、何にもかえがたい経験でした」といいます。そして「アメリカという国のさまざまな側面を超一流の学者の研究成果を聴くことができる、それはとてもすごいことです。この15年間、クールセミナーを通じてアカデミックな勉強をさせてもらい、いまの私を育てていただいたと思っています」と話しています。吉田さんは、最近は参加者の年齢層が若くなり、女性研究者が30%近くを占めるまでになって、積極的に発言していることを歓迎しています。
山口さんも「地域研究としてのアメリカ研究の重要性はひじょうに高く、研究者の層が厚くなっています。クールセミナーはアカデミックな研究だが、それぞれがアメリカの最新の動向に触れ、日本の問題と重ねあわせて考えていくスタンスにしているようです」と受け止ています。
また、このセミナーの運営に深くかかわってきた人のひとり、佐々木隆生さん(北海道大学経済学部教授)は、日本における本格的な地域研究を定着させた意義の大きさを強調します。
「明治以来、日本が近代国家を建設するためのモデルになる国として、一等海軍国または福祉国家としてのイギリス、市民社会の創出国としてのフランス、立憲君主国、陸軍国としてのドイツなどを勉強し、それらの距離を見て、日本は後れている、弱いと考えて研究してきたのです。その場合、相手国を理想化する面がありました。しかし、私たちのアメリカ研究は、普遍的なモデルとしてその地域(国)の特殊な事情、そこに内在する問題を理解するために、人文科学と社会科学を動員して統一テーマを掲げ、学際的な研究しています。その点で、日本の中では珍しい学会です」ということです。さらに、この学会のユニークさについては「従来のセミナーは日本が学ぶという形が多かったのですが、札幌クールセミナーは戦後35年を経過して広がり、深まった日本の学問の成果の上に立って、日本の専門研究者とアメリカの一流の学者ががっぷりと4つに組んで議論する機会をつくった」ことを挙げます。
このセミナーが、北海道で開催されていることの意味もまた大きいものがあります。「北海道は本州と違い、アメリカの影響をうけて育ってきた植民地です。だから、生活スタイルもなんとなくアメリカに似ています。そんなアメリカナイズされた地域でアメリカ研究をするのは意味のあることだと私どもは考えています」と石垣さん。
片山さんも「私たちのセミナーは直接的に北海道を意識しているわけではありませんが、日本とアメリカは抜き差しならない関係にあります。とくに北海道は、発展の歴史のうえでも日本のなかでもっともかかわりの強い地域です。それだけに共通点も多いので、アメリカの抱える問題は北海道に住む人にとっても今日的な問題として考えることができます。こうしたセミナーやフォーラムが東京や関西で開かれることが多く、北海道は日本の中央集権型の文化の底辺にいるのかもしれません。そんななかで、世界の最先端の研究成果に触れることによって、北海道に住む人のいろいろな刺激になればよい、それが私のひとつの考え方です」といいます。
そして「北海道の文化とアメリカの文化がどのようにかかわるかといった抽象的な話は別としても、ふだんは簡単に接触できない人たちとわいわいディスカッションできる、そんなチャンスを地元北海道で広げたいですね。セミナーの意義と北海道を考えた場合、それがもっとも大きなことではないでしょうか。セミナーは2日間、一般公開しています。このことも含めて、いろんな形で関心を持つ人に集まっていただければ、それはそれで地元に落とす資産となるでしょう。このセミナーは、日本の文化形態のなかでの世界とのつながりを、簡便に、素直にひろげていくものでなければいけない。その点では役に立っているだろうと、少しは自負しています」と、このセミナーの成果の一端を語ります。
片山さんは、招へい講師など外国人と同行して国内を案内することが多いのですが、先に本州をまわって北海道に入ってくるとガラッと様子が違い、アメリカとの類似性に興味を示すといいます。「そのことから、まちの造り方ひとつにしても、北海道の開拓時代、当時のアメリカの文明など物理的な面だけが強調されて輸入されてきたことに気づかされます。植民の歴史は、どうしても自然科学の分野が先行し、ヒューマニティーな部分はあとから追いかけるものです。しかし、北海道開拓の歴史も120余年、そろそろヒューマニティーな北海道固有の文化を形成していく姿勢を明確にしなければならないときです」と片山さんは指摘します。
クールセミナーは、必ずしも青写真をひいて北海道の将来像を創造していくものではありません。本質的にはヒューマニズムの研究なので、その成果は直接的には眼に見えないかもしれません。しかし、若い歴史の北海道の未来を築いていくうえに貴重な活動でもあるのです。
「日米の知的世界は、東京とのコネクションが圧倒的に大きい。そんな状況のなかで、北海道のような辺境の地できちっとした研究会をやり、しかも蓄積もあるということは、日本にとっても健全なことだと思う」と山口さん。
「現在は韓国にもアメリカ研究学会ができていますが、一時期はアジアにおける唯一のアメリカ研究セミナーでした。アジア各国でもアメリカ研究には大きな関心を寄せていますから、札幌クールセミナーはアジアにおけるアメリカ研究の拠点にしなければならないと思います」と吉田さん。
韓国と札幌のアメリカ研究セミナーには、毎年、研究者を派遣しあって人的交流をつづけています。台湾からも毎年のように研究者が参加しています。
今年、インドからの参加希望がありました。片山さんらは大歓迎。「ぜひにとお誘いしたのですが、来日費用の面で困難があるとおっしゃる。成田空港にまで着いてくだされば、あとは日本側でなんとか方法を考えるから、と申しあげました。相手側もかなり努力されたようですが、どうしても工面ができないということで、ついに断念せざるを得ませんでした」と、片山さんは残念がります。
東南アジアの各国はもとより、中国、北朝鮮などにしてもアメリカとの関係は今後ますます深まっていく状況にあり、アメリカ研究の必要性は増すことが予想されます。そんななかで、アジア諸国とアメリカとの中間点に位置する北海道は、地理的好条件をそなえています。また、札幌クールセミナーが15年間にわたって蓄積してきた業績を生かす道もそこにあるといえます。
「どうも、学者はプログマチック(実践的)なアプリケーション(応用)があまり上手ではない。しかし、そろそろ地域研究の交流を札幌から世界に広めていくような展開が必要になってきています」と石垣さんは強調します。
「そのためには、地域コミュニティーの支援が必要」と、それぞれに指摘します。財政面では日本側の公的支援は、ほとんど皆無なのが現状です。毎年会場にしている北海道大学の学術交流会館の賃借料すらも、有料なのです。
国をはじめ、北海道も国際化や国際交流の推進を行政の主要施策に掲げています。札幌市の場合も、コンベンション(国際会議)都市、研究学園都市をめざすことを重要な課題にしています。しかし、1回限りのイベントには大々的な支援をしても、クールセミナーのような地味な研究には支援も関心も示すまでにはなっていないのが現状です。しかし、今世紀、つねにダイナミックに世界をリードしてきたアメリカのエネルギー、その雑多な社会のなかにかかえている諸問題は、将来の日本、北海道が直面する問題に共通する点は多いでしょうし、相違点もあるでしょう。そのいずれをもしっかり掌握して、北海道の将来像創造のうえに組み込んでいくことは、大きな課題でもあります。
一方、近年はフルブライト(教育・文化交流)学生などが大勢来道しています。北海道はアメリカの影響を強く受けて、1世紀あまりのあいだにここまでの発展を遂げました。そのことを研究したいという外国人学生も多いのです。
「しかし、世界的にみて、北海道についての研究は遅れています。かつて、アメリカの学者もフランスの学者も研究していたが、古いものばかりです。もっと現在の北海道をそれらの人に知ってもらいたい。だが、現在の北海道を知る、あるいは研究する英語の文献は一冊もない。これは、ぜひ作らなければなりません。それどころか、クールセミナーの研究成果も、日本語では本にして出版していますが、英文に翻訳したものは作っていません。もっと財務基盤が豊かで、人もいれば、セミナーのレジスター(記録書)を作って、アジアをはじめ世界の国々の人に提供することができるのだが…」と石垣さんは話しています。
地域社会の関心が薄い理由のひとつに、セミナーのほとんどが英語でスピーチされるというネックがあるようです。会場では特別講演のレジュメ(要約)は配布されるのですが、全文英語です。それでも、オープンフォーラムの時は3人の通訳がついていました。かつてのように、余裕ある日程で、すべてのプログラムに同時通訳がつくことで裾野を広げることが望まれます。
来年のテーマは「テクノロジー」に決まりました。地道な研究は継続こそ宝です。しかし「クールセミナーが転機にさしかかっているのも事実」と佐々木さんは指摘します。15年の年輪を重ねたなかで「統一テーマの研究に一定の蓄積ができたということもあり、今後どんな形で継続していくかの問い直しも必要な時期」といいます。さらに、財政的にもより自主的に運営できる道をひらく時期を迎えています。
そんななかで「この学会はぜひ存続させたい」と、だれもが意欲的です。
「このセミナーでの研究は必ずしも学ぶためのものではありませんが、若い研究者にとって学ぶものは多いと思います。私個人としては、大阪から北海道に移り住むようになったので、このセミナーをきっかけにして北海道の人とアメリカ人との気質的な共通点や相違点、歴史の共通点などを考えることがとても楽しい。その楽しさを大学で教えている学生と共有できますし、セミナーで得たものは学生たちに還元しているつもりです」と吉田さん。北海道大学では会員教授が手分けして開く『総合研究アメリカ』という講座が発足当初から受け継がれています。それぞれの教授も独自に講座を持ち、このセミナーから得た収穫と、その種は着実に播きつづけられています。