ウェブマガジン カムイミンタラ

1994年11月号/第65号  [ずいそう]    

牛乳を飲んで下さい
横山 清 (よこやま きよし ・ (株)ラルズ社長)

暑いですね!と声をかけられました。

「娘さんは元気にやってますよ。暑さに弱いタイプだが、よく頑張ってます。たまには顔を見に来てくださいよ」。

私には今春、学業を終えた愛娘のほかに、里子の娘がいます。その名前はパインクレスト・ミストラル・アマリリス。なかなかの美女で、3歳の雌牛ですが、事情があってK氏の牧場でお世話になっているのです。

昨年は未曾有の冷夏で、国じゅうが震えあがりました。本道の牧草は平年の半分たらずしか成長しなかったそうですが、酪農家が心配したのは需要不振で生産過剰になった市場調整のために補助金を出して乳牛を淘汰する政策でした。すでに質・量ともに世界でも最高のレベルにある本道の乳牛は、3代にわたる酪農家の情熱と執念が結実した結果ですが、経済の原則に基づいて、最も健康で疾病のない牛を屠殺する道を選択したのです。

小売業者として牛乳をお客様に届ける立場からは、何の助力もできないもどかしさの中で、私はアマリリスの親になりました。

「牛乳を飲んで下さい!一人が1日1合(180cc)のミルクを消費すれば、牛を殺さなくて済むのです!」。しかし、今春は冷夏の予想で米騒動が起き、それにも拘わらず生乳が捨てられる異常な事態が続いたのです。

ところが、天変地異と表現してもよいほどの猛暑が到来すると、皮肉なことに生乳は大不足になりました。本州の乳牛は暑さで斃死が続出し、目の敵(かたき)だった北海道牛乳が専用船で運ばれ、今のところ過剰問題は沙汰やみです。

灼熱地獄の日本列島はやがて正気(せいき)を取り戻し、大豊作で余った米と外国から押し寄せる輸入米の処置に苦悩することでしょう。

アマリリスの命は、当分のあいだ安泰ですが、乳製品、特にバター・チーズの在庫が話題となり始めました。私は、これからも一頭のために、商売とは別の目的で「牛乳を飲んで下さい」と言い続けなければなりません。しかし、乳牛の引退は平均4.4歳、やがて来る別離の時を考えるたびに、胸が痛むのです。

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