ウェブマガジン カムイミンタラ

1995年03月号/第67号  [ずいそう]    

もう一つのカムイミンタラ ―山地の湿原―
辻井 達一 (つじい たついち ・ 北海道大学農学部教授)

大雪山国立公園は、昨1994年に指定60周年を迎えた。この日本最大の山岳国立公園は、その中に多様な自然を持つが、なかでもその高原状の地形と、気候条件とに支持されて成立した広大な高山お花畑の美しさが、その規模においても種類においても世界でも群を抜く存在として知られている。これが、アイヌ民族によって、人の世のものならぬ神々の楽園「カムイミンタラ」と呼ばれたものだ。しかし、それは広く知られているというより、もっとその意義と価値が評価され、知られるべきだというべきか。

さて、もう一つ、大雪山でこれまた知られていないものに湿原の存在がある。旭岳から北海、北鎮、黒岳あたりが表街道だとすると、高根が原からトムラウシ、あるいは沼の原を経て東大雪方面などは、どうしても裏街道になる。そこで訪れる人もぐっと少ない。

名前のとおり、沼の原は広大な山頂の湿原であり、もう一つの別のルート、愛山渓から比布岳に向かう途中の沼の平もまた、さまざまな形の池塘群を備えた美しい湿原である。旭岳ロープウエイの完成によって歩く人もめったにいなくなった天人峡から姿見の池に到るあいだの天女が原、高原温泉付近、そしてやや南に離れて富良野岳にある原始が原など、この他にも山地湿原がかなり多く分布するのである。

これらの山地湿原は、ほとんど天水すなわち雨や雪によってのみ涵養されるために、多くは極端な貧栄養性であり、大型の植物を支えきれない。そのために、却って限られた種類の植物が群落を形成して、特殊な景観をみせることになる。

大雪山の表看板になっている高山お花畑に加えて、もう少し、これらの湿原が知られてもよいのではないかと思う。ただ、湿原というものは、ことに踏みつけに弱い。新しい魅力として宣伝して人が関心を持ってくれるのはいいが、あらかじめ木道などを適宜に整備しておかないと、かつての尾瀬ヶ原の二の舞にもなりかねない。自然を扱うには、常にそのキャパシティーを考えておくことが必要であろう。

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