ウェブマガジン カムイミンタラ

1995年07月号/第69号  [ずいそう]    

シマフクロウ幻想
手島 圭三郎 (てじまけいさぶろう ・ 版画家 絵本作家)

シマフクロウは道東を中心にして、生息数は百羽前後といわれ、絶滅の心配があります。この程度の数になると、近親婚からくる劣性遺伝の影響が避けられないといわれます。数の回復の一番の近道は、人間の住む場所を後退させて、シマフクロウの棲める場所をひろげてやることなのですが、現実にはなかなかむずかしいことです。

コタンクルカムイ(村を守る神)としてアイヌの人から崇拝されていたころのシマフクロウは、どの程度の数が生息していたのでしょうか、現在は想像するしかありません。一般にワシ・タカなどの猛禽類は、自然の摂理の妙といえる生態バランスによって、数はおさえられています。繁殖力も弱く、2個の卵を産み、1羽が育つのが標準といわれます。シマフクロウのテリトリーは半径約5キロメートルで、魚食性のために河川や湖沼の近くで、営巣できる大きなウロのある木が必要といわれます。現在、シマフクロウのために大きな人工の巣箱を必要とするだけの巨木の減少がありますが、当時はそんな不便はなかったと思われます。

そんなことを考慮にいれて、北海道全域におけるシマフクロウの数はどの程度だったのでしょうか。私の想像では1万羽前後か、もう少し多かったのではないかと思われます。それにしても、想像するだけでもスケールの大きな世界が見えてきます。

当時の北海道は、全土が果てしなくつづく樹海の連なりです。そのなかを河川がうねって流れ、所々に湖沼が光っていました。シマフクロウの食糧の魚も水中にあふれていました。夜になり、月が輝くころ、シマフクロウの低いけれど遠くまで聞こえる鳴き声が、北海道全体からひびきわたっていたのです。これは、現在、春から夏にかけて水田のある土地での蛙の声が、天にひびいてひろがって聞こえるように、北海道からシマフクロウの声が広大な宇宙にひろがっていった幻想にとらわれます。

私は、シマフクロウをテーマとする絵を20年以上つづけてきました。シマフクロウの人間に近い表情のある顔つき、鳥なのにどこか獣じみた印象をうける体つき、羽音をたてずに飛行する、静寂な自然の中での神秘感、そしてシマフクロウの背後にひろがるスケールの大きい原始のままの大自然、私の表現したいシマフクロウは、その原始の自然の象徴なのです。

私の絵本『しまふくろうのみずうみ』の読者の感想文に「シマフクロウの動きと夜の湖の神秘感に共感して、なつかしい気持ちになるのは、心の中にねむっている狩猟時代の本能が呼びさまされるからだと思われる。いわゆる魂の縄文時代への回帰であろう」とありました。

北海道の持つ原始の自然の象徴としてのシマフクロウを、なんとか絶滅させないように工夫をつづけなければと思います。まして、人災(シマフクロウに近づいて観察しようとする人によって起きる営巣への妨害)だけは避けてほしいものです。

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