ウェブマガジン カムイミンタラ

1996年01月号/第72号  [ずいそう]    

陽光のマルメロ
杉野目 康子 (すぎのめやすこ ・ (財)北海道開拓の村理事)

冬枯れの庭で、ひとつ深呼吸する。伸びあがった瞬間、薄い冬の陽光のなかに輝く一点の黄色をとらえた。おや、マルメロの実だ。取り残したものは初雪のころ、ぜんぶ落ちてしまったはずなのに。軽く触れると、実はこの瞬間を待っていたかのように私の掌に落ちた。

マルメロ――原産地は中東。6月ごろ、りんごの花に似た淡いピンクがかった白い花を咲かせる。その上品なこと、同じころ咲くライラックなど、とても及ばない。が、圧巻はその実である。赤ちゃんのほっぺのようにうぶ毛で覆われた表面を擦ると、下から明るい黄色が輝きだす。形は、でこぼこのあるいびつ型で、失礼ながら、いつもいまは亡き俳優の宇野重吉さんのお顔を連想してしまう。香りは、これを何にたとえたらいいものか。マルメロの香りとしかいいようがないが、熟れてくるとかなり濃密な香りを放ち、これを1個部屋に置くと、入って来た人は匂いの元を探ろうとキョロキョロする。

この木がいつごろ、どんな経緯でわが家の庭木の仲間入りをしたのか誰も憶えてはいない。今でこそこの木を町じゅうに植えて、マルメロブランディーをつくり、特産品として売り出している町が北海道にあると聞くが、60年以上も昔はかなり珍しい木ではなかったろうか。堅く丈夫な木質のため、青森のりんご園ではりんごの木の台木としてよく使われたとも聞いているから、あるいは鳥のお腹に入って津軽海峡を渡って来たのかもしれない。

欲ばりな私は、この実を目で楽しんだあとは味わって楽しむ。いろいろ試してみたが、単純に砂糖を入れて煮るのが、いちばんいいようだ。あがりにブランディーを数滴。そして、名を明かさず親しい客に供する。何だと思う?という問いに、相手が、さて、と首をかしげると、私はにんまりする。さらに、どんな感じの味?と尋ねて、相手が適切な表現を探しあぐねて口ごもると、再びにんまりする。こんな私のPRを、マルメロもいっしょに面白がってくれているのではないかと思っている。

さて、最後の一個だが、やはり手をつけず、しばらく秋のなごりを楽しませてもらおう。

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