根室・別海町は酪農郷として名高いが、最近、この地域のマイペース酪農が注目されている。
酪農政策が強いる「ゴールなき多頭化」に抵抗しつつ、心ある酪農家が自分たちの間尺に合う経営を目指して20数年努力してきた結果、牛の頭数を減らしても逆に農業所得が増える経営を実現しているのであるから、驚くほかはない。
何よりも家族の生活と健康を大事にして、決して無理をせず、それに見合った頭数にまず抑える。人間が無理をしないだけでなく、牛にも無理をかけない、ということで1頭あたり搾乳量も過度にふやさない。そのうえ、土地にも無理をかけない、という考えから化学肥料も過投しない。
これは自然界の摂理と生物の生命活動に依拠した生産活動である、という農業本来の姿に立ち返ったやり方であるが、それはたんなる自然復帰や浅薄な減量経営ではない。
その底には、明確な科学的根拠と法則性が貫いており、それによる「経済効率万能主義」にたいする痛烈な実践的批判なのである。
経営規模を拡大しないで所得を増やす秘密は、自然循環の重視が地力の増進につながり生産性を上げること、規模拡大にありがちな過剰投資を抑えコストが低減していることなどである。
そのうえ、マイペース酪農の地域では、女性が生き生きしている。労働時間の短縮は、何よりも女性の苛酷な労働を解放する。学習会など、さまざまな会合でも、夫婦同伴で、妻が先に自己紹介し、そのあとで自分の夫を紹介する。むしろ、婦夫同伴なのである。
生活時間にゆとりができるから、地域の人びとともに食べ物の手作りや子育て、地域の福祉活動にも熱心である。ここでは、地域文化の創造活動が農業生産を基礎にして花開いている。
このように、マイペースとは人問性の回復と自由な自己表現にほかならない。時代への警鐘と、みずからの生きるバイタリティが科学性に裏打ちされて実践されている好例といえよう。