ウェブマガジン カムイミンタラ

1998年07月号/第87号  [ずいそう]    

心のもや
駒井 千恵子 (こまい ちえこ ・ えりも町役場栄養士)

今春、ある出来事がありました。スズメがわが家の換気孔に巣を作り、終日流れてきた軽やかなさえずりが、ピタッと止んでしまったのです。

ここは数年前にも小鳥が巣を作り、雛が巣立ってからも、いつまた入るかもしれないという思いからそのままにしておいたものです。

隣の奥さんから「えェー! 料理をするとき換気扇回さないんですか?」とあきれられ、恥ずかしい気持ちはちょっとあったのですが、めげずに壊さないでおきました。

実を明かすと、私は栄養士という職業をもっていながら、食事を作るまも惜しんでカメラのファインダーをのぞき、美しい花に見とれて現実を顧みない、そんな日々を送っています。ですから、換気孔が詰まっていようと、なんら不自由を感じることがなかったのです。

今年、思ってたとおり、換気孔がふたたび使われ、にぎやかな春となりました。

エサをくわえた親が、換気孔に吸い込まれるように入ってきます。「ピィーピ、ピィーピ」というさえずりで朝が来たことを知り、夜は物音を立てないように過ごしてしまうほどの、静けさです。

先日、お昼休みに戻ってみると、カラスが巣の近くに止まっています。大変! 雛が狙われている、と思ったものの、小さな格子状の換気孔からカラスが入れるわけもないと思い、放っておいたのです。

ところが、その夜からいつもの明るく流れるメロディーは消え、いくら耳をすましても何の物音も聞こえません。不安は的中したのでしょうか。一瞬、目の前が真っ暗になり、怒りで心が震えました。

あのときカラスの行動を注視するべきだったのか、きっとカラスが事を起こしたにちがいないのです。

しかし、いや、危険を感じて引っ越したのかもしれないと思うことで、少しずつ怒りはおさまってきます。

あれから、エサをくわえた親鳥を見かけるたびに「ああ、雛は元気なんだ」と思ったりしています。

いま、心のもやはしだいに薄れ、明るく広がりはじめています。

それは、鮮やかな花の世界へと移ろいはじめる季節のように。

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