独リポッチデ 夢ヲミテ
ヒトリポッチデ ヤッテキテ
独リポッチデ キエテユク
海ノ波ノヨウニ ヒトリポッチデ
フランスから続くビスケー湾に、ピレネー山脈の緑こい崖が迫るバスク地方の漁村「ゲタリア」に、こんな詩の一節があります。
巡礼の旅人が、苦しみあえいでピレネーの山を越えて、ホッとしたところだといいます。斜面に広がるぶどう畑の中をつたう石畳の道はローマの道、中世にはサンティアーゴヘの巡礼者が行き交った道です。
緑したたる樹木の間から、白波をすそ模様にした紺碧の、魚影の濃い海が広がります。
1995年の夏の終わりごろ、私は捕鯨でも有名な、ここゲタリアを訪れました。大小の色とりどりの漁船が、持ち帰ったカタクチイワシを陸揚げしているところでした。大人の中指ほどの太さで、15センチほど、ピチピチと跳ねています。
千葉の房総あたりでは「七度(ななたび)洗えば鯛(たい)の味」といわれる旨さ。辛めの大根オロシに生姜汁、醤油を少々…。このカタクチイワシは隣接の工場でカンタブリア海のアンチョビとして世界中で珍重される美味にかわるのです。
この工場の坂を登ると、12世紀に建てられたサン・サルバドル教会の巨大な建物に行きあたります。下から見上げると、海の見張り塔のよう。ぐるりと回った角のレストラン、女性シェフ・マリアの店で、オリーブ油とニンニク片でソテーしたカタクチイワシの旨さは、その身のしまり具合といい、脂ののり、少しこげた香りなど、地酒の『チャコリ』の酸味とともに忘れがたい味でありました。このあたりの店には、道ばたに炉が置いてあり、それぞれの魚の形をした“返し網(あみ)”がぶら下がっていて、「焼きたては、いかが」と言っているようです。
15世紀、マゼランが世界一周の船旅の途中、フィリピンで殺されたあと、船の指揮をとり、帰還させたのが、この村から参加したファン・セバスチャン・エルカーノで、国の英雄となり、銅像が残っております。潮を噴く鯨(くじら)が、この村の紋章になっており、鰯(いわし)を追う鯨をゲタリアの男たちは船を操り、追っていたのでしょう。船の行き交う防波堤には、白いマリア像がはめ込まれています。航海の安全を願う気持ちそのままに…。
この豊饒の海は、山から降りそそぐような樹木の緑と、信仰深いバスク人たちの頑固さが環境を守り続けてきた賜物なのではないでしょうか。
わが故郷の海岸線の変わりようが、ふと、頭をよぎります。
港を見下ろすと、小さな漁船を操り、出航していく男のガッシリとした後ろ姿から、小さな航跡が白く、長く、いつまでも輝いていて見えていました。