ウェブマガジン カムイミンタラ

1998年11月号/第89号  [ずいそう]    


日浅 尚子 (ひあさ なおこ ・ 北海道新聞編集委員)

どうも私は、こいに恋するタイプのようだ。いやいや、これは間違い。こいではなくて、こえ。つまり声。正しくは「声に恋」だ。

幼稚園の行き帰りにいつも一緒だったジュンちゃんとケンちゃんのうち、ケンちゃんの方が断然好きだったのは、彼がジャニーズ系の顔だったからではなくて、すごくかわいい、とろけるような美声の持ち主だったからだ。

小中高校といろいろあって、大学に入ってからK君にすっかり夢中になったのも、80人もの学生の名前を呼び上げて出欠をとる心理学の講義で、彼が胸にズンとくるような低音で返事をしたからだ。K君の声が聞きたくて、この講義だけはサボらなかった。

取材のために失礼を承知で、先方のご自宅まで電話をかけることがある。いきなりご本人が電話口に出ることはまずなく、たいてい女性が電話をとる。ほとんどの場合、その声がとってもいい。ビロードのようだったり、カナリアのさえずりのようだったり。汚れも曇りもない晴れやかな声。私はすっかり惑わされてしまう。

「あっ、あのう、お父様いらっしゃいますか」。受話器の向こうで、ククク、と小さな笑いがこぼれたような感じがして、「主人ですね。お待ちください」となる。

先方の男性は、たいがい60歳もかなり過ぎた方。とすると、この声の主だって…。

そして私はこの後、いつも決まって落胆する。代わって受話器をとった男性の声に張りがなく、つまらない。先行き真っ暗な景気の中で、日夜、奮闘しているお疲れのせいだろうか。それとも、連夜の酒席とチェーンスモーキングのせい? カラオケの後遺症かもしれない。とにかく声に明るさも艶も、色気もない。

そう言えば、最近、男友達からではなく、女友達から励まされ、なぐさめられることが多くなってきた。そんな女性の声は絶対と言っていいほど、美しく生き生きと張りがある。前を向いてさっそうと生きている人の声は、それぞれに個性的でよい響きだ。

このところ、トキメキというものからすっかり縁遠くなったのは、男たちの声に魅力がなくなったせいかもしれない。厳しい時代はしばらく続きそうだが、みんな元気を取り戻してほしい。そして女性たちの声のように、いい響きを聞かせてほしいとおもう。

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