ウェブマガジン カムイミンタラ

1999年01月号/第90号  [ずいそう]    

エル・ドラド
若菜 勇 (わかな いさむ ・ 阿寒町教育委員会学芸員)

旅をすると、なつかしい風景に出くわすことがある。しばしばそれは、子供のころの記憶と結びついている気がするのだが、かといって決して慣れ親しんだものでもない。記憶の断片が蜘蛛の巣に絡めとられて、取りとめもなく風に吹かれていたら、ある瞬間から突然、意味を持ち始める…そんな感じだ。

初めて十勝三股を訪れたときにも、同じ気分を味わった。ある夏のはじめ、層雲峡から上士幌に向けて車を走らせていた。北海道の屋根といわれる大雪山の東麓をぬう国道273号線は標高が高い。上りがつづく大雪湖畔を過ぎたあたりから、木々は新緑にかわり、陽のあたらない山の斜面には残雪が見え隠れする。やがて車はトンネルにさしかかった。三国峠だ。

トンネルを抜けると、眼前が急に開けた。巨大なカルデラの外輪山に立って火口を見下ろしているのかと錯覚してしまう。ニペソツ山、ウペペサンケ山、クマネシリ岳の嶺々が、とぎれることなく十勝三股盆地を取り囲んでいる。稜線からすべり落ちる斜面は鬱蒼とした針葉樹の樹海に覆われていた。日本一といわれる広大な山麓緩斜面を前に、私は息をのんだ。

それにしても、初めての場所なのに、この懐かしさは何だろう。記憶の糸をたぐると、子供のころに見た映画「エル・ドラド」にたどり着いた。確か、ロバート・ミッチャムとジョン・ウェインの主演だった。ストーリーは、黄金に富む伝説の理想郷を求めて男たちが旅を続ける西部劇で、高い山の上から遥かかなたに見える広大な森を指して「あれがエル・ドラドだ」と登場人物の誰かが言った気がする。私の記憶は、その一点にだけ瞬時につながってしまったわけである。

私はこの「十勝三股=エル・ドラド説」が気に入ってしまった。そういえば三国峠一帯は、かつての石狩国、北見国、十勝国を分かつ分水嶺で、石狩川、常呂川、そして十勝川の主支流である音更川が源を発している。幕末の北海道をくまなく探索した松浦武四郎の行程にさえ含まれていないこの地方は、北海道でもっとも奥深い秘境であったに違いない。そんな時代、この地の自然はどのように人に迫ったのか、森の豊かさを想像するだけで興奮を覚えた。

しかし峠を下りはじめると、樹海は消え、痩せたシラカンバの純林がつづいていた。そして、その合間に咲きほこる欧米原産のルピナスは、人の生活の痕跡だ。映画でのエル・ドラドが幻で終わったように、私は少しのあいだ夢を見ていたのかも知れない。

◎このずいそうを読んで心に感じたら、右のボタンをおしてください    ←前に戻る  ←トップへ戻る  上へ▲
リンクメッセージヘルプ

(C) 2005-2010 Rinyu Kanko All rights reserved.   http://kamuimintara.net