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1999年03月号/第91号  [ずいそう]    

ネオパラダイム
東 三郎 (ひがし さぶろう ・ 森林空間研究所主宰)

『森づくり』とは最近の表現で、およそこのようなニュアンスを持った概念はなかった。国づくり、町づくり、人づくり、金づくりとはよく聞くし、人びとの積極的な行動意欲が誇らかに込められている。しかし、森という対象は一朝一夕につくれるような単純な物ではないし、複雑な生態系を壊すことはできても、創ることはできなかった。

そもそも燃料や木材や食料など人間の生存に不可欠の材料は、森から与えられてきたのであって、人間が積極的に森へ還元するという営みはなかった。もっとも林業界は天然木を伐採しその後に植林したが、それは新しい収穫のための樹種に限定され、その苗木に悪影響を及ぼすような生物的条件は極力排除され、生態系の回復とは別次元であった。

もともと森とは長い歴史のもとにできた複雑な自然物であって、地域ごとに独自の景観を呈し、どのように区切った空間も互いに不均質である。それぞれの空間は疎に、あるいは密に樹木に覆われ、その樹種も多種である。高木に低木、老樹に幼木、倒木や朽ち木など、草本やこけ類と同居し、菌類・虫類・鳥類・獣類の生息場になって、まるで人間社会を思わせる。

はからずも文明の発達とともに森は確実に変貌し、急激に消滅した。土地利用の拡大に伴って、木材生産を尻目に地域の経済発展に寄与するという空間改造も盛んであった。各地に一見華やかな都市空間が出現したが、やがて水不足に泣き、土砂災害に悩まされ、莫大な公的資金が投入され、個人の裕福な経済成長とは逆に貧困な地域社会を生みだしている。

そうこうしているうちに、文明諸国には地球温暖化防止の緊急課題が与えられた。象徴的なCO2削減問題で厳しい規制がかけられ、排出基準をめぐる駆け引きもなされているが、森と海にはCO2を吸収し炭素を固定する能力があるとの理解を早めた。その意味で複雑な生態系を残し、きれいな海を守る市民の森づくりは地球を救う新しいパラダイムになった。

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