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1999年05月号/第92号  [特集]    

「調和の世界」といわれる優れたデザインは私たちに感性と生活文化のあり方を提案しています。
北のデザイン

  図案や造形、ものごとの計画までも創造するデザインは、私たちの身近な生活の中に自然な形で溶け込んでいます。そのため、絵画や彫刻、その他の純粋芸術に比べて、やや注目される度合いは低いといわれていました。しかし、今年3月、道内のさまざまなジャンルで活躍するデザイナーが一堂に会して、その創作活動の成果を発表する『北のデザイン』展を、札幌市・道立近代美術館で開催しました。私たちはいま、暮らしのあり方に「質」を求めようとしています。そこには“用の美”を追究するデザインが重要な位置づけにあること。そして、北海道の風土に根ざした生活文化を築くうえにもデザインは大きな役割を担っています。この企画展は、そうしたデザインの世界の広さと、北海道のデザイン界の水準をあらためて認識する機会を与えてくれました。

北からのメッセージを主張する道内デザイナー92人の作品群

イメージ(オープニングセレモニー)
オープニングセレモニー

この企画展『北のデザイン』は、北海道デザイン協議会(伊藤隆一会長、事務局=〒060-0061札幌市中央区南1条西5丁目セントラル富士10F TEL:011-281-0444)が北海道立近代美術館1階特別展ギャラリーを借り切り、3月19日から4月4日まで開催したものです。出展者は北海道を本拠に活躍するデザイナー92人。その一人ひとりのプロフィールを紹介する屏風仕立てのパネルがエントランスホールに大きく張り出して入館者を圧倒しました。そして、広い展示ホールを埋め尽くした作品の多彩さ。ポスター、家具、木工製品、工業製品、服飾ファッション、テキスタイル、写真、イラスト、ロゴタイプ(書体)企業や自治体のシンボルマーク、さらに環境デザイン、グランドデザインにいたるまで、その出展数は300点にものぼりました。

イメージ(道内デザイナー92人の作品がそろった展示ホール)
道内デザイナー92人の作品がそろった展示ホール

ここ2、3年の道内の公共建造物の建築状況を見ると、巨大橋梁「白鳥大橋」は別として、札幌市コンサートホール「Kitara」をはじめ、北広島市の芸術文化ホールや釧路芸術館、各地の公立病院やケアハウス、あるいは数年前から進めているニセコ町の景観整備計画、来年完成予定の石狩市立図書館をふくむイシカリメモリアルパーク計画等々、北海道のデザイナーの創作によるものは枚挙にいとまありません。それらは大地に基盤を置く建造物なので、北海道の、さらにそれぞれの地域独特の景観や光、その風土性などを取り込んだり、反映した作品が目につきました。

イメージ(「ケアハウス・リバーサイド模型」池本裕治)
「ケアハウス・リバーサイド模型」池本裕治

そのひとつ、旭川市内に開設したケアハウス「リバーサイド」は、建築場所が大雪・十勝連山をのぞむ忠別川畔ぞいの地であることから、入居するお年寄りは四方のどこからでも連山と石狩川が見える建物に設計されています。それは設計者・池本裕治さんが旭川出身であり、旭川市民の郷土の景観に寄せる愛着を熟知していて、慣れ親しんできた景観を思いのままに眺めながら静かに暮らしてもらおうという配慮が模型によって紹介されていました。

石狩市とともに道内で最も新しく生まれた都市・北広島市は「2000年構想」をもとに施設整備が進められています。そのデザインコンセプトは「エルフィン(妖精)の舞う森に文化の香るまつちづくり」。昨年10月にオープンした芸術文化ホールは、設計者の吉田宏さんが「イタヤカエデとイチョウの街路樹や雪華が似合う交流施設」をイメージし、黄色をメーンカラーとした作品。まもなく市民によって「花ホール」と名づけられ、ブランデンブルク交響楽団の演奏会をはじめ多彩なプログラムが展開されている文化の殿堂です。

イメージ(「いす.旭川工房.一本技」長原 實)
「いす.旭川工房.一本技」長原 實

北海道の木製品は、デザイン、制作技術とも高い水準にあります。一般に“旭川家具”と呼ばれる小林謙さん(北海道東海大学芸術工学部)、長原實さん(インテリアセンター)の木製椅子や隣町・東神楽町の中井啓二郎さん(匠工芸)のパーソナルチェア、伝統ある札幌の豊平硝子工場を経て旭川で制作するガラス工芸の菅井淳介さんが旭川地域で活躍する木工作家と食器から照明までを共作した「木GLASS」シリーズもありました。

椅子といえば、大阪克彦さんの札幌芸術の森アートホールの観客用椅子、音楽ホールでは珍しく布地にチャコールグレーをつかった高橋三太郎さんの札幌市コンサートホール「Kitara」の観客用椅子がパネルで紹介され、森と湖のまち阿寒町で製作する勝水喜一さん、人材誘致で芸術文化のまちづくりをすすめている栗山町で活動する間博信さんらの椅子も、それぞれに個性を主張していました。

さらに一点一点を見ていくと、服飾デザイン界にはベテランファッションデザイナーがそろっていること。デパートや地下街などで見慣れたポスター、イラスト、グラフィックに出会って、広告主の道内企業などクライアントのデザイナーに託した夢やコンセプトがよく見えてました。

作品はまだまだつづきます。広場やロビーの空間や壁面などを飾るアートな造形・クラフト、アートディレクターたちフ作品…。それらは実物あるいは写真で出展されていました。

17年前、モノを創りだす人のすべてがデザイナーとして結集

北海道デザイン協議会は、グラフィックデザイナーの重鎮・栗谷川健一さんを初代会長として、1982年(昭和57)11月に創立されました。永らく北海道教育大学札幌校教授として造形クラフトを専攻し、現在は道都大学で学生を指導する伊藤隆一さんは2代目会長です。

イメージ(伊藤隆一さん)
伊藤隆一さん

「デザインの解釈はむずかしいですが、都市計画、環境、建築、インテリア、クラフト、インダストリアルデザイン、ファッション、各種ビジュアル、さらに音楽、教育、評論にいたるまで、モノを創りだす人すべてをデザイナーととらえています。その人たちが集まって17年前に協議会を発足させました。現在の会員は約180人。札幌をはじめ、旭川、函館、帯広、北見、苫小牧、その他、全道を網羅しています。もちろん、道内で活動するデザイン係者はまだまだ大勢いますが、“北の自然の豊かさと厳しさのなかで、個性豊かなデザイン文化を創りあげていこう”という趣旨に賛同してくれた人たちの集まりです」。

協議会は、発足以来、シンポジウムや研究セミナー、作品展『デザインフェスタ』などを開催してきましたが、構成会員の全ジャンルにわたる大々的な企画展を開催したのは今回が初めてです。

イメージ((パンフレット))
(パンフレット)

「これだけの会員が、それぞれに日々力を入れて仕事をしており、そのレベルもけっして他府県に負けない層の厚さと質の高さをもっています。そのことを、市民はもとよりデザインにかかわるすべての産業の人たちに知ってもらい、さらにデザインの将来を担うであろう若い人たちの指針になるようなメッセージを発信する企画展を開催する、それは私の夢でもあったのです」と意気込みのほどを語り、「21世紀に向かって、もういちど産業デザインのあり方、情報デザインのあり方を検討し、人とモノと自然のかかわりを考えるデザインとは何かを提案しよう」という意図が織り込まれ、展示のストーリー展開に、はっきりと主張されていました。

入場して、最初の出会いはプロローグ『過去(きのう)』です。幅広いデザインの世界がこれまでに何を生み出してきたかを紹介するコーナーで、栗谷川健一さんの牧歌的なポスターなど、懐かしいデザインたちとの再会がありました。

次は第1章『現在(いま)』。会員のプロフィールを紹介し、デザイン分野の幅の広さと、ひとつのモノが生み出されるにはいろいろなデザインが参加し、協力しあっていることをあらためて知らされるのでした。

イメージ(「イシカリメモリアルパーク計画案」斉藤浩二)
「イシカリメモリアルパーク計画案」斉藤浩二

第2章『現在(いま)から未来(あした)へ』では、美術館に来る途中で眼にしてきたポスターがあったり、これからデビューする作品もありました。どれも身近で親しみやすい作品ですが、そこには、炎のあたたかさが最もうれしい北海道の冬のライフスタイルと産業技術を融合させた、安田公彦さんの「暖炉型温水暖房器」や、北海道からヨーロッパへ発信する川越文博さんの「欧州向け家庭用掃除機」、エア・ドゥにインパクトある機体デザインを提案する久須美英男さんの「北の翼」、スタンダードとは何かを示す畑江俊明さんのサインデザインなどの“提案する作品”。「光の反射と透過が織りなす色彩の中の泡沫の世界に、輪廻と宇宙の広がりを感じる」とする津田宏昭さんの抽象写真などにみる“哲学する作品”。造形やグラフィックの多くに秘められた“暗示する作品”。広島平和記念公園「平和の灯」から分火された北広島市「平和の灯」を北の大地にともしつづける佐藤修さんのモニュメントから、北海道の自然の宝庫・北海道の豊かな表情とかけがえのない価値を克明に記録する清水武男さんの航空・自然風景写真などの“主張する作品”等々は、デザインの機能性だけでなく、作者の思いが“かたち”になって表現されていました。

エピローグは『未来(あした)へ』。もし、デザインのない街があるとしたら、そこはどんな世界だろうかと考えてみると、快適で、安全で、豊かな生活を営むうえで、デザインの果たす役割と重要さ、そして私たちがデザインに求めたいものまでが見えてくるコーナーでした。近未来をひらこうとする斉藤浩二さんの「イシカリメモリアルパーク計画案」や、図書館の中に仮想街区をつくり、人びとは知的街路空間を散策するとした下村憲一さんの「石狩市立図書館」。作者は遠い未来、空想の世界などを思い描きながら、人びとの生活はどんなあり方が望ましいかを作品の上に展開し、メッセージを送ってくるアブストラクトな作品。三内丸山遺跡と連なる丘に縄文時代と“時”をテーマに描く鈴木敏司さんの「青森県総合芸術パークグランドデザイン」もありました。

また、会員5人によるポスターのリレー制作、会場の誘導サイン、会場監視員のユニフォーム、椅子などに示されたデザイナーのきめ細かさなども目をひきました。

近代美術館での初めての企画展に予想を倍増する入館者が

「この企画展を開催するにあたっては、初めての試みというものがいくつもありました。そのひとつが、道立美術館が21年前に創立して以来、地元のデザイン分野で本格的な展覧会は初めての開催だったことです。北海道に限らず、日本のミュージアムではデザインに対して、まだしゅうぶんな認識と評価がなされているとは言えないのです。欧米では違いますね。たとえば、ニューヨークの近代美術館(MoMA)は、展示ホールの正面には90年のF1レースで優勝したフェラーリ社のレーシングカーが“世界でいちばん速いグッドデザイン”として展示されています。天井からは“鳥にいちばん近いデザイン”だといってヤング作の「ベル47」自家用ヘリがそのままつり下げられているのです。もちろん、アップル社のパソコンの展示も忘れてはいません。ロンドンのモダンアート・ミュージアムをはじめ、モダンアートを名のる世界のミュージアムは、デザインを重視する流れが主力になっているのです。その点でも、日本の地域美術館がこれほどの作品を出展して企画展開催に協力してくれたのは画期的なことで、北海道のデザインの先駆者や指導者のみなさんは、自分の作品が近代美術館に飾られるなどとは想像もできないほどで、“まるで夢を見ているようだ”と言っています」と、伊藤さんはふり返ります。

イメージ(同時開催展「グロウイングデザイン・37since1962」)
同時開催展「グロウイングデザイン・37since1962」

主催者の意気込みを汲みとったかのように期間中の入館者は5千人を大きく上回り、この種の企画展での入館予想を倍増させました。そればかりではありません。協議会のメンバーによって、『同時展』が4つのギャラリーで開催されました。

札幌市清田区の美しが丘アートギャラリーでは、煙山泰子や戸坂恵美子さんらによる『木と布・北のクラフト展』。中央区のP±BANKでは、伊藤会長のコレクションからフィンランドのポストカードデザインを展示して『北海道にもこんなエハガキがほしい展』。中央区のロイトン札幌1階では北海道造形デザイン専門学校卒業生の作品を展示した『グロウイングデザイン37・since 1962』。また、中央区LA・GALLERIAアートホールでは、チーズをテーマにした『Cheese in ART』が開催されていました。さらに期間中、近代美術館講堂で北のデザイン記念セミナー『つくるデザイン・かたるデザイン』も開催されました。アートディレクターの吉田茂さん、会長の伊藤隆一さん、ファッションの浅井洋子さん、ファニチャーの高橋三太郎さん、建築の倉本龍彦さん、グラフィックの梅津恒美さんらが4時間にわたって講演しました。

イメージ(「ポスター」吉田 茂)
「ポスター」吉田 茂

もうひとつ、画期的だったことは、北海道新聞社主催の第71回道新フォーラムが初めて『豊かさの創造・北のデザイン』をとりあげたことです。協議会のメンバーからは家具デザイナーの長原實さんと映像・グラフィックの伊藤隆介さんがパネリストとして出席し、“デザインのなかに北海道らしさをどのように創造するか”についてディスカッションを展開していました。

北欧の人びとに比べて、まだ低い生活文化への感性

では、北海道のデザインはどのような展開をたどったのでしょうか。

「北海道のデザインは、もともと発展途上国的だったのです。伝統も浅かったですからね」と伊藤さんは言います。北海道は資源と素材に恵まれ、しかも開拓使時代以降に築きはじめた生活の歴史は浅いため、原材料に付加価値をつける加工などに手間ひまをかけるいとまもなく、直接本州などへ移出して換金し、そのことによって経済基盤を確立していく必要に迫られていました。また、それでじゅうぶん消費地のニーズにこたえることができたのです。

「しかし、いまの北海道製品は、質的にもかなりすばらしいものができるようになっています。たとえば木製品。北海道としてはもともと高い技術力をもっていた旭川の家具づくりなどはかなり高いレベルにあり、国際家具デザインコンペを開催するまでの到達をみせています。また、札幌でも国際デザインコンペを開催しています。そういう意味では熱っぽい時代を迎えたといえますし、とくに今年はこの企画展を中心に“燃える春”を迎えたという思いですよ」と明るい表情です。しかし、手放しで前途に希望が持てるとは言い切れない状況でもあります。こんどの企画展の目的のひとつには、行政機関の人たちの意識喚起をはかりたいという、ひそかなねらいが伊藤さんの胸のうちにはあったのです。

「道庁経済部地域産業課に生活産業デザイン係はあり、北海道文化財団やはまなす財団などの支援機関もありますが、自分たちの身近なところにこんなすばらしいデザイン文化あるのだということを知り、誇りにしてほしいんですよ」と手きびしいのです。5年前まで、30数年間札幌市内を走りつづけていた市交通局の路線バスの車体の色づかいは、本州のデザイナーのデザインでした。“道民の翼”をキーワードに新千歳空港と羽田空港間を飛びつづけるエア・ドゥの機体デザインも、道内デザイナーのものではないことを残念がっています。

北海道フィンランド協会理事長であり、800年以上の工芸・デザインの歴史と技術を誇る北欧に学びつづけてきた伊藤さんにとっては、同じような自然条件と人口規模にある北海道も北欧先進国のように“デザイン立国”を標榜するくらいの行政的な取り組みがほしいという思いが強いのです。

「イギリスなどヨーロッパの国々はもとより、世界の人びとが北欧諸国のデザインのすばらしさはよく知っており、大量生産・大量消費の文化を享受しているアメリカ人も、フィンランドの家具やクラフトを使うことが暮らしの楽しみのひとつにしています」。

北欧と北海道の生活具に対する意識やその用い方の違いを具体的に指摘します。

イメージ(「欧州向け家庭用掃除機」川越文博)
「欧州向け家庭用掃除機」川越文博

「フィンランドなどは寒さのきびしい国なので、官庁や銀行など多くの人が出入りする公共施設や建物のカウンターや椅子や机はすべて木製ですし、床も木質のフローリングを敷いているので、木独特のぬくもりが感じられてホッとします。しかし、北海道にはその配慮が欠けています。以前、北海道知事や自治体に“児童公園の遊具は木製にしよう”と提言したことがありますが、まだまだ木製品を採用する機運は低い」とし、さらに伊藤さんの主張は北の生活文化のデザイン化へと向かいます。

「北緯60度ラインに並ぶストックホルムやヘルシンキ、オスローなどの都市はこの時期から夏に向かって白夜の季節を迎えますしかし、冬至ごろには、午後2時半を過ぎたら暗くなり、明るくなるのは翌日の午前11時少し前です。また、この季節は日昼は曇りの日が多く、太陽が顔を出すことがないくらいです。そんな地域で生活をしていると、どうしても家の中の光が大切になります。ですから、北欧に住む人たちの家庭では、照明に蛍光灯をつけている家はありません。1日じゅう、蛍光灯の青白い光を見ていると、ひとの心までがくたびれてくる。やはり、白熱灯が安らぎを与えてくれるのです。北欧の人びとは光に対するあこがれがあるので、さまざまにデザインされた照明器具を用いて光の演出を楽しむ暮らしをしています。住宅街を歩いていると、どの窓からも温かい明かりがもれて独特の景観をかもしだします」。

「では、北海道ではどうかといえば、全国レベルでも北海道は蛍光灯を用いる比率がひじょうに高く、冬の夜の住宅街などへ行くと青白い光が寒々しく、そして暗いですね。室内に入ってみても、たとえば良い木製家具が置いてあっても、蛍光灯の光は木の肌合いにそぐわないため、木質の風合いを台無しにしています。素材の質を尊重したり、デザインを楽しむという生活感覚は、まだまだ北欧の人びとに追いつくことはできません」と伊藤さんは話しつづけます。

「北海道には木材などの素材が比較的思うように入手できるので、本州出身のデザイナーや制作者が北海道に住み着いて創作をしている人がたくさんいます。その人たちは伝統の中から、あるいは現代の感性の中から優れた作品を創っていますが、肝心の北海道の人がそれを評価し、すすんで楽しく使うという認識も感性も育っていません。たとえば、旭川の家具の購入先は、80パーセントが本州、15パーセントが札幌、5パーセント弱が地元旭川、その他となっています。ですから、優れたデザイナーの作品のほとんどは本州で消化しているというのが実態なのです」と生活文化についての感性の低さを指摘します。

ようやく高まりはじめたデザイン行政の取り組み

一方、実際に札幌でデザイン事務所を構えて仕事をしているグラフィックデザイナーの渋谷滋さんは、北海道のデザインをとり巻く経済環境について語ります。

イメージ(渋谷 滋さん)
渋谷 滋さん

「北海道は俗に“支店経済”とか、国家予算に対する地方財政の比率から“5パーセント経済”などと言われているとおり、経済スケールがひじょうに弱いのです。建築や土木関連などの場合は、北海道が最も依存度の高い公共事業としてある程度は国の予算が入ってきますが、それとは関連の薄い流通や情報、出版などの分野では限られた範囲の中での取り合いをしているわけですから、ひじょうにきびしい状況にあるのは事実です。しかし、ひところに比べれば、いろんな形での民間活力事業は徐々に伸びてきましたから、私たちデザインに関連する仕事も、少しずつは広がりをみせつつあると思います」。

しかし、デザインという仕事に対する評価よりも、認識そのものがまだまだ低い状況にあります。たとえば、道内官公庁がさまざまな政策発行物を刊行する場合、制作費用の中にデザイン料を設定できるシステムがないのです。

そんななかでも、状況は変わりつつあると渋谷さんは言います。

「先ごろ、道が全国に公募して『試される大地』のキャッチフレーズとロゴタイプを決定した北海道イメージキャンペーンも、道がデザインに対する認識と評価を前進させたあらわれだと思います」。

イメージ(「グラフィック」渋谷 滋)
「グラフィック」渋谷 滋

道は12年前から『グッドデザインほっかいどう選定制度』を設け、毎年、優れたデザインの製品を表彰する『北の生活産業デザインコンペティション』を開催して、道内工業製品などのデザイン開発意欲の高揚やデザイン技術の向上にその役割を果たしています。さらに、求めに応じてデザイン技術アドバイザーを派遣したり、デザインライブラリーやデザイン交流サロンを開設したり、北海道デザイナー情報カードを作成するなどによって、企業のデザイン開発への取り組みを支援しています。また、道立工業試験場もデザイン技術の向上には力を注いでおり、情報誌『デザインフロンティア』の発行は中小企業などのデザイン開発の指針のひとつになっています。

一方、札幌市と札幌商工会議所は『サッポロコレクション』を主催し、毎年雪まつり会場でひらく発表会は呼び物のひとつです。そのほか、網走支庁管内の市町村が中心になって開催している『オホーツク木のデザインコンペ』は、地域おこしの起爆剤のひとつです。1990年から3年ごとに開かれる旭川の『国際家具デザインコンペ』は、旭川の家具産業が世界へ飛躍するステップ台としての実績を重ねつづけています。

求められるのは経済優先ではない真実の暮らし方の選択

「先のバブルフィーバーは私たちに大きな負の遺産を残しましたが、その反省から正しいことや価値あるものは何かを考えたり、見分ける意識をもつようになったのは正の遺産と言えるかもしれません。デザイナーがデザインにこめるメッセージもそのことがベースとなるため、そうした認識の高まりは私たちの仕事の大きな励みになります」と、渋谷さんは前途に希望をもちます。

「デザインはたんなる付加価値ではなく、生産そのものであるという認識が必要です。また、デザインは“調和の世界”であるとも定義されます。では、経済優先ではない優れた調和をどのように求めるか。つまりは、人間尊重のあり方に求められるのだろうと思いますね」と伊藤さんは結びます。

デザインは本質的に“用の美”といわれ、実用化することによってその機能性とともに美しさを発揮するものです。そこには、その製品や作品が用いる人の手や心にどのように調和し馴染むか、用いる場所や空間・環境にどう調和して存在するかが追求されます。さらに、その調和は、私たち自身がどのように“調和のある生き方”をめざすかということにもかかわってきます。

これまで、ともすれば即効的な機能性や実利性に目を奪われた選択が先立ち、身のまわりや生活のあり方をデザインするのを忘れがちだったかもしれません。この企画展に見るデザイン群は、私たちにそのことを指摘し、提案していました。また、私たちが暮らしのあり方を追求し選択することによって、デザインの質を高めることにもなるにちがいない―、その双方向の交流によって“デザイン文化のある生活環境や生き方”を実現するのが、真の豊かさなのではないかと感じさせられるのでした。

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