ウェブマガジン カムイミンタラ

2000年05月号/第98号  [ずいそう]    

「馬」というテーマ
木村 篤子 (きむら あつこ ・ (株)北海道新聞情報研究所専任研究員)

競馬ファンでも、乗馬愛好家というほど馬に乗れるわけでもないのに、「馬好き」を自称している。中学生のころ、乗馬の初歩の手ほどきを受けたことが始まりで、馬に関する本を集め、テレビ番組や映画をチェックし、折りにふれ馬関係の催しや施設に足を運んだりしてきた。なぜ、これほどこだわりたくなるのか、自分でもよくわからない。

関西から北海道に移ってきた時も「これでナマの馬がたくさん見られる!」と期待に胸がふくらんだ。あれから9年、ナマ馬見物のみならず、なんと長年の趣味の雑学がホーストレッキングや乗馬関連施設の調査研究、また馬関連シンポジウムの出演など、仕事につながってきた。大げさでなく、夢のようだと思う。

昨夏、やはり馬に会う楽しみを胸に秘めて京都に出向いた。祇園祭のハイライトである山鉾巡行に、京都府警の平安騎馬隊が雑踏警備に出動するのを見るためである。「胸に秘めて」というのは、本来の目的は京都の病院に父を見舞うことだったからだ。

父は昨年始めに肺がんと診断されて手術したが、春に再発し、入院生活を余儀なくされていた。母や関西にいる姉や妹が交代で病院通いをしていたが、遠方の私は月に2度、週末を京都行きにあてながら夏を迎えていた。

7月17日朝の河原町通り。コンコンチキチキンの祇園囃子(ばやし)の音とともに「動く美術館」と呼ばれる、壮麗な32基の山鉾(山車)が沿道で鈴なりの観衆を沸かせている。お目当ての騎馬隊は、葦毛(あしげ)、鹿毛(かげ)の2騎ずつが落ち着き払った先導役ぶり。いずれも競馬の退役馬というから、北海道の牧場で生まれ落ちた馬ばかりに違いない…。

その時、衰弱しきった父の姿は頭の中にひとかけらもなく、夢中で馬に向けて、祭りに向けてシャッターを切り続けた。巡行が終わって騎馬隊も馬運車に消えると、憑き物が落ちたように我に返り病院に戻った。その翌18日未明。緊急の電話に起こされて、病院付近の宿から病室に駆けつけた時には、父はすでに虫の息だった。

「『馬』は、きっとおまえのテーマの1つになるよ」と、10年ほども前だったか、父が言ってくれたことがある。「実入りになる」テーマ、「身を助ける」テーマということか。父が空のかなたから見守っていると思うと、「馬好き」に一層、拍車をかけてみようという気になってくる。

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