私の大切にしているものの中に、「1年生の時の思い出帳―大きくなってから読んでください。父より洋子へ」と記された1冊のぶ厚い手づくりアルバムがあります。長い年月に表紙の文字も色褪せ、セビア色をおびています。
これは、小学校でのテストや図画を中心に、父が感想を添え、スクラップしておいてくれた品です。目次には、チューリップ、くわがた、蒸気機関車などが、今でいうイラスト風に描かれ、初めての遠足当日のリュックサックの中味から、学校での出来事、日常生活の様子が、父の気持ちとともに綴られています。
「この絵は、空と地面を分けてぬると良かったね」「人間の目の色はどんなでしょう?」「これはお父さんの好きな絵です。とても良く描けているよ。点は三重丸。初めて描いた動物だね」「これはあまり上手で、1人で描いたように見えないね。お母さんが参観日で、よそのかたに本当に自分で描いたのだろうかと言われだそうです。とても残念なり」などなど。
小さい頃の私は極めて落ち着きがなかったらしく、そのせいか父はいつも私の横で一緒に絵を描いてくれていました。
ある日、図画の授業で室内風景を描き、時間も足りなかったのですが深く考えずに、バックを朱色で乱雑にぬった作品を持ち帰りました。父は「火事のようだ!お父さんならこう描くよ」と…。そして、眠くてやる気のない私にまた描き直しをさせ、翌日先生に持っていくよう命じたことがありました。
絵が好きだった父は、自分があたかも美術教師で、私が生徒のように思い込み、自分流に指導していたつもりだったのかもしれません。
そのおかげでか?いつのまにやら絵が好きになり、大学も美術科を卒業。画廊を経営している今になって、父の教え、愛情に感謝をせずにはいられません。
私の画廊の名「ユリイカ」とは、ギリシャ語で「我発見せり」というアルキメデスの言葉です。
私自身、これから成長するであろう若い作家のかたを発見することができたら、そしてギャラリーを訪れてくださるお客さまにも心打つ絵との出逢いがあり、人との巡り逢いの場になれたならと願いつつ、日々を送ってまいりました。
父が私に綴ったくれたと同じように、私もまた想いを込めて、画廊で発表された無名の新人から大家の先生まで、すべての展覧会の内容を記録し続けています。そのアルバムも15冊になりました。現在の私のかけがえのない宝物です。
来年、ユリイカは10周年を迎えます。