いま北海道に住んでいるアイヌ民族は、1986年(昭和61)に道民生部がおこなった実態調査で24,381人と報告されています。地域別では、平取町やえりも町など日高地方に約10,400人、穂別町や白老町など胆振地方に約6,600人、札幌など石狩地方と釧路地方に約2,000人ずつが住み、これらの地域で86%を占めています。
その民族の総意を代表する団体として結成されたのが、(社)北海道ウタリ協会です。アイヌ民族の団体は1930年(昭和5)に「北流道アイヌ協会」が設立され、1937年に旧土人保護法の改正要求をおこなっていました。戦後、1946年(昭和21)に再び集まって社団法人・北海道アイヌ協会を設立。1961年(昭和36)に(社)北海道ウタリ協会に名称変更して現在にいたっています。組織は56支部、約15,000人の会員で構成され、野村義一さんが理事長に就任したのは1964年です。
協会の運動は、民族の地位の向上を主眼に、教育、住宅と環境の整備、生産基盤の確立などをめざし、国や道の福祉政策に対応する活動が中心です。
最近は国連の「先住民作業部会」などに参加したり、中国、アメリカ、カナダなどの少数民族との交流をはかる一方、伝統文化の継承や記録保存に努め、さらにアイヌの歴史と現状を訴える活動も活発です。
その協会が、いま、もっとも力を入れて取り組んでいるのが、『北海道旧土人保護法』の廃止と、それにかわる『アイヌ新法』(あらましは10ページに掲載)の制定です。この基本案は1984年(昭和59)の定例総会で承認され、さっそく道知事と道議会にその実現方を陳情しました。それを受けた道知事は、アイヌの代表、学術経験者による諮問機関「ウタリ問題懇話会」を設置して、この問題の検討を依頼しました。懇話会は、1986年に道民生部が実施した実態調査の結果や自ら海外調査したアメリカ、ニュージーランド、オーストラリアなどの少数民族に対する法制度などを参考にして検討を重ねた結果、1988年3月に現行の『北海道旧土人保護法』と『旭川市旧士人保護地処分法』を廃止して『アイヌ新法』を国が制定するようにと提言する報告をまとめて知事に答申しました。
北海道ウタリ協会は、5月の総会で「懇話会の趣旨にそって要請する」ことを決定し、道知事と道議会議長に再び陳情。7月の道議会は全会派一致で国へ要望意見書を提出することを議決。8月には道知事、道議会、北海道ウタリ協会の3者で国に要請しました。これに対して、国も昨年12月に内閣内政審議室を議長に関係9省庁による「検討委員会」の設置を決め、国レベルでの検討の幕が開かれることになりました。
――そこで、北海道ウタリ協会理事長の野村義一さんに、どんな背景から『アイヌ新法』の制定を要求し、どんな社会を望んでいるかをきいてみましょう(なお、「倭人」という発言の場合も、ここでは「日本人」に統一させていただきました)
野村義一さんの話 ウタリ対策は、政府、道、関係市町村で15年間やっていただいています。第1期、第2期を7年間ずつやって、一昨年4月から第3期に入っているところです。
この経過をみるため道は実態調査をやりましたが、結論は、いまだに一般道民や国民との格差があらゆる分野で存在しているということです。たとえば、生活保護の受給世帯をみると、一般の約3倍という高い受給率になっています。それだけアイヌの生活が困窮している証左だと思いますね。
教育面でいえば、高校進学卒は一般が94%。本州の同和世帯の場台で87%といわれていますが、アイヌの場合は78%です。大学進字率では、一般道民が約27%なのに、アイヌの場合は8%。ウタリ対策を14年間やってきても、依然として20%近い格差があるのです。これは、いくら奨学金制度などを活用しても、残りの費用を親のふところから出せる家庭が少ないからですよ。このへんを抜本的に解決しないと、一般国民には追いつけませんね。
私たちは折にふれてそのことを訴えていますが、国は私たちの要求を満度に解決してくれてはいません。それは、ウタリ対策を福祉政策の一部としているからですよ。私たちは、アイヌ問題に民族政策としての位置付けをきちっとしてくださいといっているのです。平板な福祉政策で解決しようとしていては何年たっても一般国民との格差は縮まらないと思います。
私たちは、民族として自立したいのです。国や道の援助を得るだけでなく、われわれも自立する意欲をもつ。それを抜本的に支えてくれる対策をたててほしいというのが、いま、私たちが『アイヌ新法』の設立を求める動機になっているのです。
私たちの祖先は、北海道をアイヌモシリ(アイヌの住む大地)と呼んで、何百年、何千年ものあいだ先住してきました。その「先住権」の保障要求を『アイヌ新法』の骨子にしています。
私たちアイヌは、明治いらい異民族だという意識のもとで差別をうけてきました。そのため、教育水準が低い、経済的に貧しい、生活環境が悪いなど、あらゆる面で大きな格差を生じ、しかも人権を無視されてきたのです。ですから、そのことを第一にとりあげています。
私たちを人間として、その人権を保障する社会をきちっとつくってほしいのです。戦後、新憲法によって「人種的差別はなく、みんな平等だ」とうたわれましたか、私たちの現実社会には、依然として差別が横行しているのです。就職の差別、結婚の差別があり、経済的には農林漁業のなかの一次産業にたずさわっている仲間が多い。自分の能力に応じて高校や大学を出て、自分の希望する就職ができればいいのですが、教育が低いから官庁にも大企業にも就職できない。そればかりか、採用試験でアイヌと日本人が同等の成績をとったとしても日本人のほうが採用されるというケースはずいぶんあるのです、現実の社会でこんな状況があるのは、行政の怠慢だと思っています。
1987年に、私どもは国連の先住民作業部会に出席して「日本の総理大臣は、日本は単一民族国家だといって世界の非難を浴びましたが、このように現にアイヌ民族が住んでいます」といってきました。私がアイヌの衣服を着て、アイヌ語で語したのですが、世界中のみなさんはそのことをよく知っているのです。拍手喝采でしたよ。
少数民族に対する世界の潮流は、いま大きく変わっています。ILO(国際労働機関)が1957年に制定した107号条約は「世界各国の多数者は、少数者を多数者に同化して保護する」ことを基調にしたものでした。ところが、1987年に世界の少数民族から「自分たちの独自性を求めるべきではないか」という声が持ち上がったのです。そして、咋年6月に「先住民の自主的権利の尊重」を基本理念とした169号条約が圧倒的多数で採択されました。しかし、このとき日本政府は「国内法との整合性に問題がある」として棄権し、賛成したのは労働界の代表だけでした。
日本政府は、国連が採択した国際人権規約に対しても、最初は「この規約に規定する意味での少数民族は、わが国に存在しない」としていましたが、その後「アイヌの人びとは独自の文化・言語を保有しているが、これらの権利の享有を否定していない」として、アイヌの存在だけはやっと認めるようになりました、しかし、まだまだ意識の奥には単一民族国家意識を根強く持っていると思いますよ。
私たちは、国がアイヌを民族として認めたからといって、特別どうしようという考えはありません。自分たちの言葉、文化、生活習慣、信仰を胸を張って公開できる。一般国民もそれに違和感をもたず、素直に受け入れる社会をつくってほしいといっているのです。複数の民族が互いに理解し、誇りをもって共存共生しながら国の発展に努力しようと主張しているのです。
明治いらいの120年間、政府の同化政策によってアイヌはたしかに変わってきました。いまは、だれもが日本語を話すし、日本の宗教も覚えました。そして、結婚によって混血もすすんでいます。日本人の血をうけた子が「自分はアイヌだ」といえばアイヌでしょうが、「日本人だ」と名乗れば日本人ということになります。そんななかで「アイヌ民族の独立」を呼びかけても、全員の賛成が得られるかどうかは大きな疑問です。それよりも「アイヌ民族も日本の国民の一員として対等に肩を並べあう社会をつくり、幸福な生活をしていこうじゃないか」と呼びかければ、過半の賛成は得られると思いますよ。私たちの主張や運動が、即独立につながるものだと、もしも政府や国民が考えるとしたら、それはオーバーな考えです。
民族の権利宣言の中には、土地の問題は当然出てきます。私たちか独立宣言をするというのであれば、土地の一括返還を要求することになるかもしれませんが、いまの日本国土を見たとき、制度的にも私有財産や公的財産になっている土地の返還を求めたら大混乱をきたすでしょう。そうではなく、たとえば町村で離農者が出た場合、その土地を狭い土地で農業をしているアイヌに優先して与える。一方、道有林や国有林をアイヌに返還すれば、アイヌの畜産・酪農者は放牧地として、林業にたずさわっている人はそこで適切な伐採・植林をして、未来永劫、ウタリ協会支部固有の財産として守っていきますよ。漁業の場合は、北洋漁業など知事や大臣許可の漁業権を解放せよと主張しています。ただ、すでに漁業権が満杯になっている組合に割り込んで、漁業権者の権益を侵すような要求は慎むべきだと思っています。こうしたことは、たがいに理性をもって対処していけば、必ずよい選択ができると思いますね。
アイヌの仲間は、このようにして経済力をつけていく。そして、教育はもっと高度なものが受けられるようにしていく。とくに、国立の研究所をつくって、そこでアイヌの歴史やいろいろな調査・研究をすすめていく。成人教育にも力を注いでいかなければなりません。そして、政治や行政の場で具体的にできない問題を自主的に解決していくために「自立化基金」を創設したいと思っています。
私は、将来のアイヌ像を次のように描いています。それは、「教養の高いアイヌ」「経済力の強いアイヌ」「社会のあらゆる場に参加できるアイヌ」。そこには、人権を侵される心配のない祉会があり、私たちの祖先がアイヌモシリで長いあいだ培ってきたアイヌ文化を自分たちの文化として誇りをもち、それを子孫に伝承していく。そして、アイヌが日本国民の一員であることを自覚して日本人と共存共生していく社会を実現したいのです。
――ウタリ協会理事で『アイヌ新法』の原案作りに深くかかわった札幌市ウタリ教育相談員・小川隆吉さんもその実現にかける熱意を次のように語ります。
小川隆吉さんの話 シサム(日本人)はその歴史のなかで、アイヌを無権利状態に置くことを前提にして支配体制を強化してきました。北海道の開拓の歴史をみても、アイヌモシリを“人跡未踏の地”“無主の地”といって侵略し、アイヌが主権をもつ人間としての扱いを否定してきたのです。かつて日中国交回復が話し合われたとき、日本の中国侵略について中国指導者のひとりは「許すことはできるが、忘れることはできない」と話しています。しかし、いまを生きるアイヌは、いまだに許すことも忘れることもできない心境でいるのです。
アイヌが無権利状態から解放されて、自由と平等のもとに日本社会で生活できる状態を回復しよう。アイヌが民族の尊厳と誇りをもって日本人と共存できる社会の仕組み、国家の仕組みをつくっていこう。そのための一里塚として『アイヌ新法』の制定を要求しているのです。わたしたちは、アイヌの人権についてどういう視点がなければならないかをわかるまで問題提起をしていきます。人権の問題は、少数者の立場に立ったとき確かなものになリます。基本的人権の問題に真剣な話し合いをもてない国、その解決を見い出せない国に、平和はないといえる。もう、目を伏せて解決を待つ時代ではないのです。
――小川さんはまた、ことし協会の強い要請で教職員の採用試験にアイヌについての設問を加えてもらいましたが、そのなかのひとつ「ユーカラについての認識」を記させたところ、「コアラの好物」と答えた受験生が何人かいたとその認識の薄さに驚いています。
――こうしたアイヌ問題は国民全体の問題だとの認識にたって、日本人の側からの支援団体も生まれています。日本民族学会会員で北方少数民族研究家(北海道大学非常勤講師)である田中了さんは、次のように語っています。
田中了さんの話 北海道ウタリ協会がなぜ『アイヌ新法』に掲げる問題を政府に要求しようとしているかが、多くの人たちに十分認識されていないのが実情です。しかし、『アイヌ新法』の基本理念は民族の基本権の要求であり、人権と民主主義の根幹にかかわる課題を提起しているのです。それは、自由と平和の問題と切り離すこともできないのです。
日本人の多くは「日常生活はなにも脅かされていない」というかもしれませんが、はたしてそうだろうか。北海道では、仮想敵国を想定した大がかりな日米合同演習が毎年おこなわれ、道内のあちこちで自衛隊の実戦的な訓練がおこなわれています。学校内部では、いじめの問題が起こっています。それに集中的に巻き込まれているのはアイヌの少年少女ですが、一般生徒自身にしても学校の主人公としてだいじにされているだろうか。あるいは障害者の置かれている状況をみて、はたして自由と平等の基本的人権や民主主義がだいじにされているかどうかを考えてみなければならないのに「自分自身とは無関係だ」と、みごとなまでに切り難されています。
基本的人権の問題は、憲法の条カに保障されているからいいという問題ではないはずです。私たちの実生活のなかで、一人ひとりがだいじにされる社会であるかどうかが問題なのです。
『アイヌ新法』で主張している事柄は、私たち一般国民の実生活と密接につながっている問題です。ウタリ協会がその新法制定を実現しようと頑張っているのになかなか進みぐあいが見えないので、日本人の側からも参加しようと、私たちは昨年8月に『アイヌ問題を考える懇話会』を結成しました。この問題に政府も国民も真剣に取り組まざるをえないような状況をつくるために、私たちもウタリ協会と一緒に勉強しながら運動を広めていこうとしています。
アイヌとウタリ=「アイヌ」は人間という意味。また男性の尊称でもあり、民族の呼称となっています。「ウタリ」は同胞の意味。1961年の北海道アイヌ協会の総会で「侮辱的に使われているアイヌという言葉を協会名にしたくない」という動議が出されていらい、公的にはウタリという言葉が使われるようになりました。この言い換えにこそ、差別に苦しんできたアイヌ民族の痛みが反映されているといえます。しかし、最近は再び誇りある民族呼称として「アイヌ」が用いられるようになってきました。
先住権=先住民族が居住する、または居住していた土地と資源に対する権利。伝統文化を維持する権利、政治的自決権をも含む。ウタリ問題懇話会は、「アイヌ新法」制定の有力な根拠になりうると報告しています。
旧土人保護法=1899年(明治32)に制定された法律。アイヌに5ヘクタール以内の土地を与えて同化しようとする内容をもっています。現在はほとんど機能を失っており、人種を差別し人権を犯す法律として「旭川市旧土人保護地処分法」とともに廃止が求められています。
前文 この法律は、日本国に固有の文化をもったアイヌ民族が存在することを認め、日本国憲法のもとに民族の誇りが尊重され、民族の権利が保障されることを目的とする。
本法を制定する理由 北海道、樺太、千島列島をアイヌモシリ(アイヌの住む大地)として、固有の言語と文化をもち、共通の経済生活を営み、独自の歴史を築いた集団がアイヌであり、徳川幕府や松前藩の非道な侵略や圧迫と戦いながらも民族としての自主性を固持してきた。
明治維新によって近代的統一国家への第一歩を踏み出した日本政府は、先住民であるアイヌとの間に何の交渉もなくアイヌモシリ全土を持主なき土地として一方的に領土に組みいれ、また、帝政ロシアとの間に千島・樺太交換条約を締結して樺太および北千島のアイヌの安住の地を強制的に棄てさせたのである。
土地も森も海も奪われ、鹿をとれば密猟、鮭をとれば密漁、薪をとれば盗伐とされ、一方、和人移民が洪水のように流れこみ、すさまじい乱開発が始まり、アイヌ民族はまさに生存そのものを脅かされるいたった。
アイヌは給与地にしばられて居住の自由、農業以外の職業を選択する自由をせばめられ、教育においては民族固有の言語もうばわれ、差別と偏見を基調にした『同化』政策によって民族の尊厳はふみにじられた。
戦後の農地改革はいわゆる旧土人給与地にもおよび、さらに農業近代化政策の波は零細貧農のアイヌを四散させ、コタンはつぎつぎと崩壊していった。
いま道内に住むアイヌは数万人、道外では数千人と言われる。その多くは、不当な人種的偏見と差別によって就職の機会均等が保証されず、近代的企業からは締め出されて潜在失業者群を形成しており、生活はつねに不安定である。差別は貧困を拡大し、貧困はさらにいっそうの差別を生み、生活環境、子弟の進学状況などでも格差を広げているのが現状である。
現在行われているいわゆる北海道ウタリ福祉対策の実態は現行諸制度の寄せ集めにすぎず、整合性を欠くばかりでなく、何よりアイヌ民族にたいする国としての責任があいまいにされている。
いま求められているのは、アイヌの民族的権利の回復を前提にした人種的差別の一掃、民族教育と文化の振興、経済自立対策など、抜本的かつ総合的な制度を確立することである。
アイヌ民族問題は、日本の近代国家への成立過程においてひきおこされた恥ずべき歴史的所産であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる重要な課題をはらんでいる。このような事態を解決することは政府の責任であり、全国民的な課題であるとの認識から、ここに屈辱的なアイヌ民族差別法である北海道旧土人保護法を廃止し、新たにアイヌ民族に関する法律を制定するものである。
第1 基本的人権 アイヌ民族に対する差別の絶滅を基本理念とする。
第2 参政権 これまでの屈辱的地位を回復するためには、国会と地方議会にアイヌ民族代表としての議席を確保して諸要求を正しく反映させることが不可欠であり、政府は具体的な方法を速やかに措置する。
第3 教育・文化 (1)アイヌ子弟の総合的教育対策を実施する(2)アイヌ語学習を導入する。(3)学校、社会教育からアイヌ民族に対する差別を一掃する。(4)大学にアイヌ語、アイヌ文化、アイヌ史の講座を開設し、アイヌ民族のすぐれた人材を教授などに登用する。(5)アイヌ語、アイヌ文化を研究する国立研究施設を設置する。(6)アイヌ文化の伝承・保存の問題点を検討し、完全を期する。
第4 農林漁業商工業等 アイヌ民族の経済的自立を促進するために必要な諸条件を整備する。(1)農業―適正経営面積の確保/生産基盤の整備と近代化(2)漁業―漁業権の付与/生産基盤の整備と近代化(3)林業の振興(4)商工業の振興(5)就職機会の拡大
第5 民族自立化基金 北海道ウタリ福祉対策として政府・道による補助金などの保護的政策は廃止され、アイヌ民族の自立化のための基本的政策を確立するために民族自立化基金を創設しアイヌ民族の自主的運営とする。基金の原資は政府が責任を負う。
第6 審議機関 国政と地方政治にアイヌ民族政策を正当かつ継続的に反映させるため、中央と北海道にアイヌ民族対策審議会(仮称)を創設する。
北海道大学法学部長 中村睦男
アイヌ民族に対する法律には、1899年(明治32)に制定された「旧土人保護法」があります。これはアイヌに土地を付与することによって、農耕民族として日本人のなかに同化させる法律ですが、いまはほとんど機能しておらず、意味がなくなっています。そこでこの法律を廃止して、それに変わる新しい法律を制定してほしいというのが、いま出されている「アイヌ新法」制定の要求です。
これは、アイヌを日本人のなかに同化させるのではなく、アイヌの民族的独自性を確立したいというのが基本的な要求です。その内容として、(1)アイヌ文化の振興(2)土地、資源に対する権利(3)政治的自決権というか、参政権を確保するため国会・地力議会に特別議席の確保―などが掲げられています。その根拠となるのは「先住権」です。つまり、北海道あるいは日本に先住していたアイヌの土地を日本人が奪ったので、それを返してほしいという要求が基本になっています。
ウタリ問題懇話会が提出した答申は、アイヌ民族の人権を尊重する人権宣言を定め、差別を解消するための人権擁護活動を強化する、アイヌ語・アイヌ文化を継承保存する活動に国が援助する、また、過去に持っていて奪われた土地に対して国が補償することによって、アイヌが自主的に運営する自立化基金を創設する―などの内容になっています。なお、特別議席の確保については、種々の点で疑問があるため、懇話会としては直接の答申はせず、論議のあったことを付言するにとどめました。
審議の過程で、アメリカのインディアン、ニュージーランドのマオリ、オーストラリアのアボリジニーなどの少数民族に対する法制度の調査・研究にかなりの時間をさきました。日本には少数人族に対する法的観点からの研究は皆無といってよく、これらの国の法制度はかなり進んでいます。
この問題については、独自の言語・文化を持ったアイヌ民族を日本のなかの少数民族として認めるかどうかがポイントだと思います。それは、日本は単一民族国家ではなく、現にアイヌ民族が存在してしることを確認せよという要求を含んでいます。
ウタリ問題懇話会は答申の作成に最善を尽くしてその役目を終え、今後は国のレベルに委ねられます。そこでは、まず国会議員がどれだけの理解を持つかか問われることになるでしょう。そのためにも、国民全体の関心を高める努力がいっそう必要だと思います。